ドラコニアの大火
聖地ドラコニアは石造りの街である。きっちりと計算しつくされた街並みは整然としており美しい。東西南北、それから街の中心に高い塔が立っていた。それぞれ五つの塔にはドラコニアの信仰する神龍の宝である五つの神宝が収められていると言われているが、それも定かではない。秤ならまだわかる。だがその神龍の四肢とは一体どういうものなのだろうか。よもや何かの手足があがめられているわけでもあるまい。褐返に塗られ天高くそびえる塔をアンタス・フュゼは見上げた。
少しでも民衆からの支持を受けるために星龍会の名を借りることにした。星龍会の信仰は年々薄れている。しかしメタンプシコーズ王国を襲う天災は星龍会にとっては好機だった。もっともあからさまに天災に乗じ信徒を増やそうとすれば間違いなく王政府に潰されるだろう。王政府を倒し新政府を築きたい革命軍。廃れ始めたドラゴン信仰の復興を望む星龍会。利害が一致したためにこうしてドラゴン信仰の聖地たるドラコニアに新政府の樹立を決めたのだが、
「早まったか……?」
革命軍の活動が活発化してから早数年。王政府もしばらくは様子を伺っていたようであまり激しく弾圧されなかったが、もうそうも言っていられないだろう。
本来であればまだ新政府の樹立をするつもりはなかった。少しずつ、星龍会の信徒を増やすのと同時に革命軍同士及び支持者を増やしていき世論を革命軍側に傾けさせていくつもりであった。しかし星龍会はそれを待つことができなかった。今まで一切の武力をもたなかった星龍会は革命軍をまるで虎の威のように扱う。パトロンとして協力することで武力を得た星龍会はそれまでの粛々とした態度を翻した。
その結果が、早すぎる新政府の樹立だ。仲間の命を預かる革命軍総長として、アンタスは表には出さぬものの僅かながら自身の判断が浅慮であったのではないかという後悔を抱いていた。
神よ神よと崇める者の気など知れない。信仰心など微塵もなくアンタスはただ利用できると思い取り入った。アンタスの予想通り驚くほど簡単に星龍会は革命軍との連携に好色を示した。現実を見えていない者は御しやすい。しかし想定外だったのはその程度であった。まさかこれほどまでとは、などというのは言い訳にもならない。煙草の煙を深く吸い込んだ。
「アンタスさん……。」
「遠いところを呼びつけて悪かったな。」
後ろから名を呼ばれ振り向けばドラコニアに来るよう、そう端的な連絡を送った青年がいた。琥珀の色は戸惑いと悲しみを湛えている。気づいたのだろう。革命軍が新政府を樹立することに。今、ドラコニアの至る所に新政府のシンボルがかかれている。そしてこの新政府樹立が無謀であることも、この賢い若者は気づいている。すでに引くことができない現状も。
「その、それで話とは新政府の話ですか?」
「ああ、星龍会との関係も前に話したろ。ここを、ドラコニアを新政府樹立の地、新しい首都にする。」
咥えていた煙草を落とし、ブーツで捻り消す。わざとらしく芝居がかった仕草でアンタスは口を開いた。
「王のいない平等な国に、この国はなる。うちに閉じこもり徒に資源を食いつぶすことのない開けた国に、この国はなる。他国の技術を受け入れればより豊かな国になるだろう。遠く距離が離れていても話のできる電話。重い金貨や銀貨を持ち歩かなくてもいい紙幣の制度。そのどれもが素晴らしい!幸いこの海に囲まれた国は造船の技術が突出している。それは他国をも凌駕するだろう。」
「ええ、そうでしょう。王政府が倒せたなら。」
革命軍は決して夢物語を掲げた組織ではなかった。
地道に情報を、仲間を、技術を集めた。その時まで王政府に目を付けられることのないよう水面下で活動し、大々的な活動も自重してきた。常に地に足のついた活動をし、すでに根腐れをおこしている王政府打倒を現実味のあるものとしてきた。
しかしこの現状は何だ。アンタス・フュゼは自嘲する。
星龍会に手を出し、その結果今までの努力が水の泡のようになってしまったのだ。確実性を大事にしてきた革命軍。だからこそ、アンタスは宗教者というものを理解していなかった、彼らは最初から地に足を付けて生きてはいないのだ。自分がどうするではなく、神がどうするかなのだ。勝っても負けても神の思し召し。そんな連中を引き込んでしまったがゆえに、仲間の命を無駄に散らせてしまうかもしれないのだ。
「よく聞け。革命軍はここで新政府を築く。だが王政府も黙っちゃいないだろう。今の政府は屑だ。王はまともな政もせず、部下に任せきり。何をしているのか知れたもんじゃない。だが自分の地位が危うくなるのなら、間違いなく奴らは動く。普段は権力に胡坐を掻く癖に、それが揺らぐとなると動き出すんだ。」
「……では、交戦となりますね。」
「ああ、十中八九ここが戦場になる。奴らはドラコニアを含め革命軍、新政府軍を確実に潰しにかかるだろう。もっとも、大人しく潰されてやる気はさらさらない。一人でも多くあの世に送り込んでやる。」
「僕は、」
「お前はここに来るな。この話が済んだらもう二度とドラコニアには近づくな。」
琥珀が揺らぐ。だがそう言われることを想定していたのだろう。その眼には悲しみやくやしさこそあれ、動揺はない。相変わらず敏い、とアンタスは目を細めた。子供のころから随分と落ち着いたやつだった。聞き分けはよく、向上心もあり、異様なスピードで力を付けた。子供らしくなく、まだまだ若いというのにもう一端の戦士のようだった。歳は、20と少し。子供ではない。だがまだ大人とも言えない。
「おれたちに何があっても、馬鹿な真似はするな。命を大切に扱え。足を地につけて生きろ。期が満ちるまで待て。」
「まるで、死んでしまうかのような言い方ですね。」
それは微かな抵抗であり、嫌味だった。
「好きに捉えろ。万が一、おれに何かがあったならお前が総長になれ。決して革命の火を絶やすな。」
わずかに伏せられた目は、糾弾するような強い視線よりも強く心をえぐった。アンタスは手を伸ばし、我が子のようにかわいがり続けた若者の頭を抱き寄せる。
「あとは頼んだぞ、メンテ。」
アンタスの言葉に、メンテ・エスペランサは微かに首を縦に振った。
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宰相執務室にてリチュエル・オテルは報告書片手に項垂れていた。
今まで常に堅実な活動をしてきた革命軍が星龍会に接近して間もなく新政府樹立の旗を上げたのだ。部下の数名を聖地ドラコニアに送り込んだところ、ドラコニア市民は新政府樹立に賛同し星龍会の紋章と並べて新政府のシンボルを掲げているらしい。ドラゴン信仰の聖地が革命軍を支持するというなら、全国の信徒たちもそれに倣うだろう。下火となり廃れている宗教であるが、メタンプシコーズ王国で古くから信じられてきたそれの実質的な影響は計り知れない。少なくとも今の王政府の支持率は続く天災により右肩下がり。この状況で新政府樹立が叫ばれればある程度の国民はそちらに傾くだろう。
そしてつい先ほど終わった会議で、王政府による革命軍の粛清が決定した。珍しく会議に顔を出した現王アルシュ・メタンプシコーズ・ロワの一言により、あっさりと政府の指針は決定された。普段は愚図のくせに自分の地位が脅かされると明確になった途端これだ。そして問題に対しても革命軍もとい新政府軍の粛清だけ指示し、根本的な問題の解決には一切口を開かない。
何とか現政府を倒してほしいと正直思っているが、おそらく不可能だろう。
「お呼びでしょうか閣下!」
音を立てて入室する部下を諫める気力もない。持っていた報告書をぐしゃりと握り潰しくず入れに慣れ淹れた。
「先の会議で新政府軍の粛清が決まった。いずれ軍部にも連絡が行くだろう。そうすれば革命軍の壊滅は時間の問題だ。」
王であるアルシュ直々の判断である。王国軍がそれに待ったをかけるわけがない。恙なく殲滅作戦は敢行されるだろう。
「ところでヒムロ。私の下について久しいが、よもや腕が鈍ってはいまいな?」
「はっ!もちろんでございます!」
「……王国軍の殲滅作戦に同行しろ。一小隊分の人材は用意する。殲滅作戦に乗じ、ドラコニアにある革命軍の機材を押収しろ。あくまでも秘密裏に、だ。全てとは言わん。できる限りで構わん。」
「……お言葉ですが閣下、異国のものを革命軍亡き後どうなさるおつもりですか。」
今まで船などから押収してきた機器に関するものはすでにリチュエルの空き倉庫のうちのいくつかを埋めていた。それらに関する技術を盗み、一部の者達はこの国にはまだない技術を手に入れている。
当初、革命軍に内部から協力することやそれらの技術の提供により彼らと手を組もうとしていたが、そろそろ打診を掛けようというところでこの様だった。リチュエルから見て、革命軍の新政府樹立は早計の一言に限る。いや、手足である部下の話を聞く限り星龍会と合流してから動きがおかしくなったとも聞く。手を組む相手を間違えたのが最大のミスなのかもしれない。
「いずれこの政府が倒れることはすでに決定事項だ。それを行うのが革命軍でなくなった、それだけのことだ。そう遠くないうちに第二第三の革命軍たる者たちが現れるだろう。その時に交渉材料の一つとなる。それから革命軍の生き残りも探しておいてくれ。」
「生き残り……しかしドラコニアで我らを迎え撃つ彼らは最後の一人になるまで戦い続けるのではないでしょうか。こちら側にどんな思惑があれ、生き続ける者がいるかどうか……。」
「いる。総長であるアンタス・フュゼの為人を見ても、全滅を許す者ではない。今回の政府樹立は浅慮であるが、基本的には現実主義な男だ。己が死した後も革命軍の存続を見据えるだろう。そうなれば、一部の革命軍構成員をドラコニアの外に置いている可能性が高い。なにも連れこいとは言わん。ただ存在を確認したうえで動向を追うだけだ。」
リチュエルは実際にアンタスと見えたことはない。だが革命という未来に重きを置いていることから、その意思を自分の代で途絶えさせるような玉ではないとみていた。
革命軍にあとはない。おそらく殲滅作戦により全戦力を投入するだろう。それは王国軍も同じことだがそもそもの母体数が違う。長期戦に持ち込めば革命軍に勝ちの見込みはない。ならば次世代に、己が後を継ぐものをあらかじめ決めておいたとしても何ら不思議なことはないだろう。
「承知しました!」
それ以上聞くことはないというように部屋を去るヒムロ。凄まじい戦いになると非戦闘員のリチュエルも予想するがおそらくヒムロがそこで命を落とすことはないだろう。なんだかんだで戦闘においては頭一つ抜きんでた男だ。一小隊を預けるのであらばなおさら堅実に働いてみせるだろう。
ぐったりしながらソファに身体を預ける。
もし革命軍がこのまま消えるのであれば、その時は自らこの政府を倒そう。リチュエル・オテルはそう決めていた。
壊すこと自体はリチュエルにとって難しいことではない。ただ不可能だと思うのが新たな政府の樹立である。この国の宰相であるが故、内側からこの政府を崩すことはたやすいことだ。だが新たに作ることはできないであろう。新政府を立てるというビジョンが全くリチュエルにはできないのだ。政府が倒れたのち、直ちに新たな為政者が現れなければ国内はより一層荒れ、無益な戦いに血は流されるだろう。
一枚の手紙を思い出した。
腹心以外には本心を見せたことはなかった。しかし手紙の主はリチュエルがすでに政府に見切りをつけていること、革命軍に協力の意を持っていることを見抜いていた。表向き、リチュエルは誰よりも政府のために動いているように見えるのに。もしこのことが他の高官に知れればリチュエルは一巻の終わりだ。即日首を刎ねられるだろう。しかし文面からしてそれをネタに強請ることも脅すこともないらしい。
ただそこには革命軍はまだ終わらないこと、いずれ革命軍と手を組み政府を倒す機会が巡ってくること故に待て、主にその二つがかかれていた。しかしその内容に差出人当人の身分や所属などは一切記されていない。革命軍の人間かとも思ったがこのタイミングでリチュエルに送ってくるとは思えない。むしろ革命軍の人間であればこの期に乗じて内側から崩す策を提じたり手を貸してほしいという内容の方が妥当だ。どこから宰相に二心があることが漏れたのかわからない。謀反の意思があろうともまだ情報収集や技術向上が主であり未だ革命軍との接触すら叶っていないのだ。今なら晒しあげられても言い逃れができる。
この手紙の主はリチュエルに二心がありすでにその準備も進めていることを前提としている。そこに欠片の疑いもない。確信しているのだ。そして読む限り、書いたのは革命軍の者とは思えない。
部下であれば直接進言するだろう。革命軍であればこの逼迫した状況から考えて悠長すぎる。
手紙の主はリチュエルの本懐を知っており、なおかつ革命軍の内部事情までも知る全くの第三者、そのように感じられた。
「しかし、”涙を流す者”、なあ……。」
差出人の欄にはただそう書かれていた。
タイミングから見てこの涙はドラゴン信仰における龍の涙に関することなのだろうが、戦場となるであろうドラコニアにこんなものを送る余裕はないだろうし何よりリチュエルとドラコニアにはなんら縁はない。
「なぜ涙を流すのか……、」
戦争で失われる命に対してか、現政府の愚策により苦しむ民に対してか、それとも神話通り恵みを与えるということなのか。
そこまで考えて詮なきことだと思考を放棄する。それよりも目下に迫るドラコニア侵攻について策を巡らせねば。リチュエルは頭から手紙のことを追いだし、部下たちへの指示を記すためペンを取った。




