初陣 (4)
「子供ごと斬り殺すつもりだったんだから当然だ。」
「は……、」
予想もしない返事に反応が遅れた。こんな自分たちの齢の半分もいかないような子供を斬り殺すのが当然と。
「お前斬り殺すって、まだ全然餓鬼じゃねぇか……。」
「今は幼子だ。だがいずれ悪党になるかもしれない。それに捕まえたとしてもこんなに小さいと処刑されることはないだろう。良くて孤児院、最悪でも数日間の収監。」
「良いじゃねぇかそれで。子供にゃ十分だ。」
「解放されたのち、親や仲間を捕まえた王国軍を恨むだろう。そうなれば政府に仇なす存在になる。」
「必ずそうなるとも言えねぇだろ!」
「そうならないという根拠もない。」
淡々とそういうアルマがざっざ、と近づいてくる。反射的に女児を自分の身体の後ろに隠した。一切感情を動かすことなく年端もいかぬ子供を殺そうとするアルマに寒気がした。情も何もかも排除してひたすらただ合理的な判断を下す。
「一度捕縛し上官に判断を任せれば間違いなく殺しはしない。」
「……だったら上の指示に従やいい。」
「だから戦闘中に殺す必要があった。」
間違いない。いつもと何ら変わらない目は一片の嘘も混ざっていない。戦闘中人質として扱われていた子供をアルマは男ごと斬り殺すつもりだったのだとヴェリテは確信した。
そしてなぜ子供が死ななかったのか。それは十中八九、盗賊の頭領が、子供が命を落とさぬよう、怪我をしないように避けさせたからだ。自らの腕を犠牲にして。ナイフを押し付けられていたのに女児の皮膚には全く切れていない。道具だと思っていたなら、アルマが斬りこんだとき盾にすればよかった。初めから傷つける気は全くなかったのだ。
一瞬で、ヴェリテはどちらが悪党なのかわからなくなった。
ヴェリテは自身が善人ではないことを知っている。そして甘くもないことも自覚している。だが目の前のこの悪鬼のような男の意見には反対せざるを得なかった。
自身が子供の命と軍の利益を天秤にかけているとき、アルマ・ベルネットは未来仇なす可能性のある子供の効率的な排除手順を考えていたのだ。きっと彼の天秤は何を乗せても軍に傾くのではないかと思えてしまう。
「蛙の子は蛙。悪党の子は悪党。それは変わらない。」
「氏より育ちだ。まだ小せぇ、悔い改めることもできる。」
「恨みはそう消えない。時間を経てば経つほど、より濃密に激しくなる。」
まるで経験したかのような、まるでその具体的な例を知っているかのような言葉。だがその表情は全く動かない。ただ事実を並べ立てるように口から言葉が発せられる。
「親や子供を殺されて、恨まない子供がどれだけいる。」
思わず口を噤んだ。政府に仇なすかなどはわからない、だがこの子供は間違いなく王国軍を恨むだろう。もし盗賊たちから邪険にされ、道具のように扱われていたなら別だろうが、幸か不幸か子供は大概大切に扱われていた。
王国軍によって少女の世界は奪われたのだ。
「10年先か20年先か。あの時殺しておけばよかったと、後悔する日が来る。」
ヴェリテは何も言うことができなかった。だが子供の前から身体をどかすこともなかった。
アルマを説き伏せるすべがない。極論だが間違ってはいないその言葉を真っ向から論理的に反対できるだけの理由をヴェリテは持っていなかった。
誰かの命を助け、それを後悔する日が来るなど考えてみたこともなかった。
「子供をこっちに渡せ、クロワール。」
嫌な汗が背中を濡らした。
「揶揄うのもいい加減にせんかアルマ。」
気づいたらアルマの背後にいた少佐が遠慮も容赦も何もなしにアルマの後頭部をすぱーんと叩いた。
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鎮圧が完了して数分。護送用の馬車が村に到着し、拘束された盗賊及び死体の一部それから負傷した新兵たちが馬車に詰め込まれ支部に向かっていた。
「王国軍死者0、重傷3、軽傷28。盗賊死者12、重傷18、軽傷16。初めてにしては上等。」
「まあこちら側に死んだ奴がいなかったのは幸いじゃなあ。」
前を行く馬車を見ながらおれは先ほど強かに頭を引っ叩いてくれたフスティシア・マルトーと共にハクニーで殿を務めていた。支部の馬であるため乗り慣れたものではないがそれでも十二分に乗れる。
フスティシア・マルトー。現大将ラルジュ・マルト―の一人息子である。直属上司であるカルムクールの所属は中将時代のラルジュであったため幾度となく関わる機会があった。丁度おれが本部来る前にただの雑用から養子になったらしいが、フスティシアは心底ラルジュのことを尊敬している。そのせいか何なのか、フスティシアは最初会った時からその年に合わない言葉遣いをしていた。二人とも同じ大槌を背に背負い戦場では部下を差し置いて真っ先に飛び出していく。ただ生来のものだろう、性格はあまり似ていない。
「ただのぅ、盗賊側にちょいと死者が出過ぎじゃあないかのうアルマ?」
「……おれに言われても、困る。」
じろりと向けられる赤目からひょいと目を逸らした。おれの認識で言えば、そんなに殺してはいないはず。十二分に、手加減はしたつもりだ。
「久しぶりの戦闘で力があり余っとったんか?」
「別に。ちゃんと手加減した。他の新兵のために殺さずにとっておいた。……だんだん面倒になったのは、否定できない。」
じゃろうなあ、という言葉に適当に相槌を打つ。最初こそ全員がまんべんなく戦うことができるようにわざと見逃したり軽傷を負わせるだけにしていたが、いつまでも手加減するのが面倒だったうえに小さな盗賊団を鎮圧するのに時間がかかりすぎていると勝手に判断し途中から遠慮なく斬り殺していた。少なくともフスティシアが言っているのは首と胴体が別れを告げている死体を指してのことだろうと察する。どんな刃物でも、迷いや躊躇が少しでも生じれば斬りつけることはできても斬り落とすことはできない。
「それで、あんたから見て今回の新兵の初陣はどうだったフスティ。」
「ちぃと時間はかかったが、まあ許容範囲内じゃな。悪うない。ひとまず全員生きて帰ってきたなら上出来じゃ。」
「……この程度で死ぬような奴が訓練学校を卒業したとは思いたくない。」
「厳しいのう。」
一番後ろ、つまり目の前の馬車から車輪と蹄の音に紛れて子供の声が聞こえてきた。なにやら喚く子供をあやしながらヴェリテ・クロワールが他から引き離すように荷台から足を放った。落とすことはないだろうが眉を顰めた。フスティシアに気づいたヴェリテは軽く会釈する。
「あの新兵は良いのう。」
「ヴェリテ・クロワール。星龍会の宗教貴族らしい。」
「殺した数は主に次ぐぞ。ただまあ主とは違って力の加減ができずに砕き殺すようになっとるみたいじゃが。期待できる新兵じゃ。」
どこか満足げに言うフスティシアに首肯する。馬車に盗賊たちを乗せるときに感じた。おれはヴェリテと違い裏門部隊であったため実際に見たわけではないが、死体の損傷具合は凄まじいものだった。そのどれも躊躇なく振り下ろされた鈍器によるものだった。部隊で打撃系の武器を使うのはヴェリテだけだ。ただおれとは逆で中心部に近づくにつれて損傷具合は小さくなり死体も減っていることから体力に任せていたことがわかる。
「まだまだ。でも新兵の中では抜きんでてる。これから実戦に出していけば強くなるだろう。」
「おお、珍しく高評価じゃな。」
「事実だ。」
強くなる。今はまだ弱くとも。来たる日面倒な相手となるかもしれないがうまいこと始末する算段は付かない。なんとなく感じていた。おそらくヴェリテ・クロワールは死なない。未来のあの処刑の日、戦場に彼は中将として姿を現すだろう。それは確信にも近い思いだった。
「……ヴェリテ、といったかの。どうも耳も良いらしい。」
くつくつと喉で笑うフスティシアの目線の先には首まで赤く染めた血色のやたらいい新兵がいた。わざとらしく子供に構い、さも話など聞こえていなかったというそぶりをしてみせる。
「のうアルマ。」
「なに。」
「主はヴェリテを甘いと思うか?盗賊の子供を主から守ろうとしたことを。」
「……いいや、思わん。あれを聞いて、まともな神経をした人間だとわかった。」
別にあの時、子供をよこせと言った時、あの子供を殺そうとはしていなかった。ただ男ごと斬り殺そうとしていたことは事実である。だが捕縛及び鎮圧が完了した時点で任務は終了しており、捕縛した者の処遇を決める権利は一兵卒であるおれにはない。ただ戯れに聞いてみたのだ。なんてことはない、少々趣味の悪い揶揄いだ。
遠征が始まって以降、自身に向けられるヴェリテの視線に気づいていた。嫉妬、困惑、それから微かな憧憬。ヴェリテは愚か者でも身の程知らずでもない。自身より格上で経験豊富な人間の言うことをどこまで真に受けるのか。真っ新な新兵を揶揄いたくなった。そこには特に腹芸があるわけでも他意があるわけではなくどこまでも単純な好奇心だった。
結果ヴェリテ・クロワールは無言ながらも指示に逆らい自らの正義を貫いた。子供を差し出したなら興ざめだったが、本当に期待を裏切らない。それでこそアルマ・ベルネットの知るヴェリテ・クロワールだ。人知れず満足感にも似た思いを抱いていた。
「逆に主は同期から大方悪逆非道の者のように思われておるのだろうな。」
あれはなかなかラパンさんによく似ていた、と笑う少佐に同隊であった忠犬を思い出す。確かに、似ていたかもしれない。会った当初、おれを時折本気で殺そうと画策するときの彼はきっとあのようだっただろう。だが知っている限り軍において最も、一つの目的のためなら多少の犠牲を欠片も厭わない男はラパン・バヴァールだった。もちろん、メンテ・エスペランサを殺して太平を取り戻そうとした未来の総統パシフィスト・イネブランラーブルにも同じことが言えるのだろうが、その躊躇の無さや盲目性を考えるとラパンの方がしっくりきた。
「どう思われようと、あと数か月だ。なによりああいう選択を迫られる事態は、決してないわけじゃない。そうだろうフスティ?」
「そうじゃなあ……。これだけ大きい組織だと、自分の意思に沿わぬような仕事もせんとならん時もある。じゃが、」
遠くを見るように赤い目はずっと先に向けられた。
「わしは、政府にとって良し悪しではのうて、国民にとっての良し悪しで働きたいのぉ……。」
このフスティシア・マルト―に何があったのか、おれは知らない。どのような思いがその言葉に含まれるのか、その言葉はいったいどのような任務を受けることにより放たれた言葉なのか。
ならばそれが押し通せるくらいに偉くなればいい、そう言おうとして言葉を飲み込んだ。そんなことをいっても何の役にも立たない。今おれが言おうと言うまいと、フスティシア・マルトーは王国軍大将になるのだ。自らの正義のために必要なものを知っている。
ただおれの胸にはポツリと一点の黒い染みを落とされる気分だった。
国民の良し悪しで働きたい、その言葉に嘘偽りはないだろう。だからこそ、思うのだ。革命軍は、メンテ・エスペランサは国民にとりて悪しきものであると、この男は感じていたのだろうか。
普遍的な正しさなど存在しない。
「それは……難しい話だ。」
なんとなく、拘束されたメンテから突き放すように、この男を処刑台を蹴り落とすあるかもしれない未来を想像した。彼はそのときどんな顔をするだろうか。怒るのか、悲しむのか、それとも笑うのか。
はたと失くしていたことさえ気づかなかった失せ物を見つけるように一つの記憶を思い出した。
処刑台から落ちたメンテの首を抱え、おれは膝を突いていた。真っ赤に染まる世界。怒号と硝煙に包まれた広場。空から落とされる、影。処刑台から飛び降りたフスティシア・マルトーにアルマ・ベルネットは首を落とされた。
あの時、あの一瞬、この男はおれに向かって何かを言ったのだ。
「どうかしたかの?」
「……いや、なんでもない。」
ついその横顔をじっと見てしまっていたらしい。慌てて適当にお茶を濁し、馬の制御に集中するようなふりをする。
あのとき、あんたは一体何をおれに言おうとしていた。
おそらく決して答えを得られないであろう疑問を、腹の底へ飲み下した。




