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初陣 (3)

 目に見えて人数に差が出て、盗賊たちに焦りの色が見え始める。逆に新兵側は勢いに乗り出す。勝負が結するのはもう時間の問題だった。浮き足立つことこそないものの明らかに初めての自らの活躍に喜びを隠せていない。本当にどこまでもちょうどいい相手だった。



「ちっ、くそが……!おいっ、あいつを連れてこい!」

「へえっ!」



 一番奥にいた男が持っていた双曲剣を放り出し先ほどまでいた建物の中に駆け込む。手の空いている者がおらずそれに対応できない。あいつ、と言うからには人間なのだろうが、なぜこのタイミングで。切り札のような存在であるならそれが来る前に少しでも人数を減らさなければ。捕縛するためにできるだけ死なせることのないよう手加減していたがそれを止め遠慮なく致命傷を負わせる。



「ば、化け物っ!」



 随分と失礼なことを言ったひげ面の男の首を切り落とす。邪魔になる胴体を蹴りだした。どっと落ちた首は放っておいてもいずれ誰かに蹴られて自然端へと片付けられるだろう。



「おい糞王国兵ども!この餓鬼がどうなってもいいのかっ!?」



 建物の中から出てきた男は、縄で縛られた子供にナイフを突きつけて叫んだ。5,6歳くらいの女児、片腕に抱かれ小ぶりのナイフが喉に押し付けられている。

 これが盗賊の用意した新兵たちへの切り札だった。




 **********




 広場に入り交戦し始めてから数分、盗賊は随分と数を減らした。メイスが唸りぐしゃりと前にいた男の身体をつぶした。建物を包囲して突入していたならメイスの自分はきっと不利だっただろう。なめてかかり、堂々と外にでてきた屑共に感謝する。これほど集中して数分間武器を振るったことなどない。興奮しているせいかほとんど疲れは感じないがだんだん攻撃が雑になっているのを感じる。だがそれは双方に言えることだった。



「だあああっ!」

「うぐっ……!」



 鈍い音をたてて男が軽く吹き飛ぶ。数本骨がつぶれただろう、血こそ出ないものの確実に内側を壊す。荒い息を整えながら横目で刀を振るう小柄な新兵を見た。眉一つ動かさず、一切の躊躇もなく斬りつける。返り血も気にならないようで、拭いもしないそれでアルマ・ベルネットは全身赤に染まっていた。


 ヴェリテの戦い方とは真逆。もっともそれは思想によるもので、わざわざ口に出すことじゃない。たとえ行きの馬車の中で星龍会のピアスを見せられたとしても、古い宗教である以上その信仰の仕方は様々だ。自身のその形が古典過ぎる、そして非合理的であることもヴェリテは自覚していた。だが全身に厭うことなく血を浴びるその姿は鬼人のようで、化け物という言葉もあながち的外れではないはずだ。音を立てて首が転がるがそれに一瞥くれることもない。


 新兵の中で圧倒的な力を誇るアルマ・ベルネットは盗賊でさえ赤子の手を捻るように斃して見せた。

 余裕さえ感じるようになってきた味方たちに眉を寄せながらも降ってきた刃を受け止める。しかしそれは一人の子供により一変した。



「おい糞王国兵ども!この餓鬼がどうなってもいいのかっ!?」



 ナイフを押し当てられる女児に血の気が引く。


 村民の避難は済んだはず。頭の中で上官の言葉がグルグルと回る。済んだと思われていた。だが実際は済んでいなかったのだ。逃げ遅れたのだろうか。盗賊に襲撃されて、簡単に避難ができるはずがない。外の喧騒を恐れ、建物の中に逃げ込んだり、そこで身を縮めて隠れやり過ごそうとする子供だって、いるだろう。現に何の力も持たない一般人の子供が捕らえられ人質とされている。ふつふつと腸が煮えくり返った。


 新兵たちは完全に勢いを殺される。凍り付いたように動きを止めた。


 市街地が戦場となった場合、また一般人が巻き込まれた場合、軍人の最優先事項は一般人の避難及び安全確保である。避難は完了されていると思われていた。しかし実は子供が一人取り残されており盗賊に捕まっている。


 ナイフを押し当てられた子供。この状況で、どうすればあの子供の安全を確保することができるだろうか。皆一様に答えを探すが、見つからない。訓練学校の教科書に具体的な答えは書かれていなかった。

 動揺しきりの王国軍に盗賊たちはニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる。



「おいてめぇら、武器を捨てろ!この餓鬼が死んでもいいのか、ああ?」



 ぎりりと歯をかみしめるがこの状況を好転させるような一手など思いつかない。硬直するヴェリテたちを置いて子供を抱えていた男が頭領である男に子供を渡す。


 狙撃手がいたなら離れたところから頭領だけを撃つということもできただろうが、慣れない接近戦に駆り出された狙撃手たちはことごとく負傷し戦線離脱している。いや、たとえいたとしてもこの状況で発砲できる者はおそらく新兵にいない。



「おいコラァッ!さっさと武器捨てねぇか!地面に置いて両手上げろ!」



 完全に形勢逆転。睨みつけるが、どうにもならない。後ろでがしゃんと硬いものが落とされる音が聞こえた。それを皮切りにあちこちから武器を捨てる音がした。信じられない気持ちでヴェリテは同期たちを見た。みな悔しそうにしているが、武器を地面に置いている。


 なぜ武器を捨てるのか。それが理解できなかった。

 武器を捨てても人質を解放することはおそらくない。獲物を失えば、こちら側が反撃するチャンスすらなくなるのだ。


 ヴェリテ・クロワールには学がない。しかしそれでもわかる。今武器を捨てることは完全に敗北を意味することであると。武器を捨てれば全滅を免れないと。

 悔しそうな顔をしている。だがそれ以上に彼らは思考が停止しているのだ。人質という圧倒的な存在により。



「腰抜けどもがっ……!」



 低く唸ると、頭領の視線がヴェリテに向けられた。



「おいそこの鈍器野郎。聞こえなかったか。武器を捨てろ!」



 睨むもこれ見よがしにナイフを子供に押し付ける。子供はそれに対し、泣き声の一つもあげない。気絶しているのかもしれなかった。


 武器を捨てれば負ける。たとえ見かねた上官が来たとしても、初陣は敗北の文字に塗れるだろう。

 武器を捨てなければ一般人の子供が死ぬ可能性がある。


 小さな犠牲を払い軍の勝利を得るか、軍を犠牲にして子供が助かるかもしれない可能性を取るか。

 ヴェリテは強くメイスの柄を握った。



「捨てる必要はない。」



 落ち着き払った声が聞こえた。

 この場でまだ武器を捨てていないヴェリテ以外のただ一人、刀を持ったままのアルマだった。



「何だと……?この餓鬼が死んでも良いってのか!?」

「別に。構わない。」



 それだけ言うと、何のためらいもなく大きく前方に踏み込み子供を抱えたままの頭領に切りかかった。



「てめっ……!」



 振り下ろされた薄い刃は子供を持っていた左腕を深く斬りつけた。アルマはパッと片手を刀から離し空いた左手で女児の足首を持つと、そのまま男の腕から引っこ抜き、ひどくぞんざいにそれをヴェリテに投げ渡した。


「きゃあっ!」

「うおっ!お前いきなり投げんなっ!」

「持っておけ。武器を持て!畳みかけろ!」



 アルマの呼びかけで呆然としていた空間が切り裂かれる。優位に胡坐をかいていた盗賊たちは慌てて武器を握りなおし、新兵たちも武器を拾い再び戦い始める。酷くぞんざいで適当、しかしあっさりとした救出劇だった。拍子抜けしつつその子供を抱えなおし一時戦線を離脱する。



 何ともまごついた戦いだったが。それから数分で終息した。ヴェリテは先ほどまで静かであったのが嘘のように暴れ腕から逃げ出そうとする子供を何とか抑えつけていた。




 数名が選ばれ、前門裏門付近に待機しているであろう上官に鎮圧の完了を連絡しに行っている。その間に持っていた簡易手枷をぐったりとしている盗賊たちに嵌めていた。広場の至る所に散らばっていた人間であったものたちもまとめて簡単に片づける。一つだけ、首がそのまま落ちていてたまたまそれを片付けようとしていた新兵の一人が嘔吐していた。興奮していて気にも留めなかったのだろうが、目が覚めればそれは決して見ていて気分のいいものではない。


 拘束されている盗賊といまだ腕の中で暴れ続ける子供を見比べてヴェリテはため息を吐いた。盗賊に捕まっていた時は随分と大人しかったというのにヴェリテが抱えてからというものの休むことなく暴れ続け時折腕に噛みつこうともしてくる。特に子供好きというわけではないがここまで拒絶されると多少は落ち込む。


 ふと、アルマがこちらを見ていることに気が付いた。そして先ほどから気になっていたことを尋ねる。



「おい、ベルネット。お前さっき何で武器を捨てなかった。」

「お前も捨ててなかっただろ。武器を捨てる必要がなかったからだ。」



 至極当然のようにしれっというアルマに眉を寄せた。ここ数カ月でわかったがアルマ・ベルネットという男はひどく言葉を省略する。だが省きすぎて察しきれない。



「……必要がないってなんだ。捨てなければこの餓鬼が殺されてたかもしれねぇだろ。」

「その子供が殺されないから捨てなかった。初めからこいつに子供を殺す意思はなかった。」



 転がった盗賊の頭領の頭をブーツで蹴る。うめき声を上げる男に、子供の動きが一瞬止まった。



「その子供は一般人の子供じゃない。そいつは最初からこいつらの連れてた子供だろう。」

「はああ!?」



 そこで気づいた。アルマはヴェリテを見ていたのではない。その赤い目はヴェリテの腕の中の女児に向けられていたのだ。

 アルマの言葉に子供は大きく身体を震わす。それがただ単に恐ろし気な見た目のアルマを怖がったからではないこと位ヴェリテにもわかった。



「……何で、いつ分かった。」

「とりあえずその子供に手枷を付けろ。サイズが合わないなら布で縛れ。」



 何も子供にそこまで、と同期たちが反対の声を上げるが、盗賊の子供が行儀よく上官たちの到着を待ってなお全く無抵抗だと思うか、というアルマの一言により黙り込む。幼いからということは理由にならない。幼いことを理由になめてかかった盗賊はこうして拘束されているのだから。なにより仲間とはいえナイフを突きつけられて怯えの色の一つも見せないほど豪胆な子供だ。危険が一切ないとは言い切れない。先ほどまで縛っていた縄を再び子供に縛り付ける。



「それで、どうして確信を持てたってんだ。」

「ここに来る前、一般人の避難は済んだと言っていた。だがそれが早すぎる。よってここの村民及び新兵以外の兵は盗賊の襲来を知っていたと思われる。次にそもそもこの村を盗賊が襲うこと自体妙だ。」

「妙?」



 おうむ返しにするヴェリテをそのままにアルマは転がったままの頭領を再び蹴りつけ無理やり身体を起こさせる。



「おい、この村の近くに王国軍支部がないことを知ってこの村の襲ったのか。」

「てめぇみたいなクソガキに話すことなんざ、」



 ブーツが男の腹にめり込む。男は無言で悶絶し、アルマはそれを無表情で見下ろしていた。



「はいかいいえで答えろ。知っていたか。」

「っああそうだよ!本部からも支部からも離れてりゃてめぇら来るのは遅くなると思ったんだ!なんでこんなに早いんだよ!」



 アルマの質問にも驚いたが、男の言葉に皆どよめく。この村は支部からもっとも近い村だ。それをなぜこの男は、いや盗賊たちは知らなかったのか。



「ふつう盗賊を含めた定住しない者は最低限土地について知識を持っている。テナン支部の存在を知らないわけがない。つまり情報操作が行われていた。わざと支部の存在を隠しこの村を無防備に見せた。」

「……!王国軍がわざとこの村をこいつらに襲わせたってことか!?」



 首肯するアルマに愕然とするが逆に腑に落ちた。あまりにも順調すぎたのだ。人数も技量も、武器の種類も新兵の相手をさせるのにちょうど良すぎる。たまたま新兵が遠征に来ていて、たまたま支部のすぐそばの村が盗賊に襲われ、たまたま盗賊たちの人数は新兵の数とほぼ同じで、たまたま重火器を持っている者がほとんどいなかった。偶然にしては出来過ぎていたのだ。村に侵入した時から違和感があったが、口にする余裕はなかった。そんな都合のいい情報操作ができるのかと思うが同時に総合情報局という存在を思い出す。



「たぶん。そうじゃないなら間抜けすぎる。それから一切一般人がいないところならともかく市街地での戦闘を普通新兵に任せたりしない。もしかしたら逃げ遅れた一般人がいるかもしれないから。」



 アルマの説明にヴェリテは脱力した。あまりにも、情けなかった。本来であればおそらくここまで語られることはないだろう。だが自分の子供を人質とする手口というイレギュラーにより、この初陣が仕組まれたものだとすべて語られてしまった。おそらくこれで自信を付けさせつつ実戦に慣れさせる、というものなのだろうが、ぶち壊しだ。この場で話を聞いていなかった新兵は幸いである。



「でもよく斬りこめたな。少しずれてりゃ餓鬼ごと斬ってただろ。」



 腕に自信があるなら当然かもしれないが、少なくともヴェリテにはかなり危うく見えた。腕に深い傷を負わせたがあと少しでも力が強ければ子供ごと男の腕を切り落としていただろう。

 そうヴェリテが言うとアルマは怪訝そうに眉間に皺を寄せた。



「子供ごと斬り殺すつもりだったんだから当然だ。」

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