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隠し事

「や、カルムくん久しぶり!」

「おう、久しぶりだなアッセン。」



王都テールプロミーズの端、小さなレストランにカルムクールを呼び出したのは同期であるアッセン・ディスフラースであった。昼時も過ぎた時分、店内は空いており一番奥の個室へと案内される。食に関してあまりこだわりがないためどの店が良いだとかどこが人気だとかいうことには疎い。しかし年季の入ってそうな店内を見て立地の悪い場所で長いこと続いているのならそれなりなのだろう。なによりアッセンが指定する店なのだから悪いはずがない。



「いやあ、あのカルムくんも今じゃ中将様かぁ。すごいねえ。」

「事情が事情だ。本来ならありえねえ。むしろドラコニアの件で一切影響を受けてない情報局で情報局副長にまでなってるお前の方がすげぇよ。」

「あっははは、頑張ったからね。」



有事とはいえ女性が副長にまで上り詰めるのは前代未聞。内部の事情は局が違うためわからないが並大抵の努力でここまでのし上がれるとは思えない。しかし同期であり20年近く前だが共に訓練所を出た学友としてこいつならあり得る、という感情もある。いつも笑顔と言うわけではない。だが常に柔和な雰囲気を漂わせ飄々としている彼女は人に取り入るのがうまい。どう言うのが正しいのかわからないがとにかく人との距離の取り方がうまいのだ。遠すぎず、だからと言って唯一無二の友人という近さではない。近すぎないからこそ、話してしまうこともある。


カルムクールはアッセンの仕事ぶりなど知らない。だがフットワークが軽く神出鬼没、いつの間にか馴染みいつの間にか姿を消す彼女は情報局での仕事が好きで何より自身に向いていて天職だと言っていることは記憶にある。



「それで、どうしたんだ?急にこんな風に呼び出すなんざ珍しい。」

「昔の友達と話がしたいと思っちゃ悪いー?局はみんな腹の探り合いで疲れるんだよ。いつだってゴシップ狙って引きずり下ろそうと必死なんだから。」



馬鹿にしたようにケタケタと笑う友人にげんなりとする。この若さ、しかも女性で局副長まで上り詰めるのは並大抵の努力でないと思ったが、おそらくその努力のベクトルは普通のものではないと察する。大方探りまくって落ち度を探し強請るなりしたのだろう。軍事管理局の昇進とは全く方法が違う。彼女が情報局の天辺に立つのもそう遠くないかもしれない。



「まあ近況報告はこれくらいにして、アルマ・ベルネットくんはどう?」

「っ!」



絵本に出てくるチシャ猫のようににんまりと口が弧を描く。



「ドラコニアの件で王国軍全体が歯抜けになってぐらついてたのを差し引いても、あの年で大佐っていうのはすごいね。私があの子に会ったのはあのラルムリューの時だけだけど、やっぱり随分強くなったんだね。」

「……ああ、自慢の部下だ。まだ周りからやっかみを受けることもあるが、ラパンでさえあからさまに文句を言ったりはしない。」

「へえ!?あの忠犬ラパンくんが!それはまた、君の隊は随分楽しそうだね。またいつか君たちの隊に着いて行ってみたいものだよ。」



アッセンがどこまで本気で言っているかは分からないが、カルムクールの隊にわざわざ情報管理局のナンバー2が同行することなどおそらく一生ないだろう。

焦りを隠すようにカルムクールはグラスに入った水を飲み干した。



アッセン・ディスフラースは気心知れた仲間であり同輩である。まさか害なすことはないと信じたいが信じられないのがこのにやけ顔だ。長い付き合いで身に染みていることがある。

彼女は正義など高尚なものを持っていない。彼女の最大にして唯一の行動原理は、面白いか面白くないか、だ。おまけに他人にはその判定基準はわからないときた。


面白いか面白くないか、それによって行動する彼女はその感情のまま敵であろうと仲間であろうと楽し気に玩具にしてしまう。今までカルムクールがその標的になったことはない。いつも側におり、過去にほの暗い物をもつラパンの方が彼女にとって魅力的に映ったからだろう。それでも、本気で玩具にされたことはない。いつだってからかいで済んでいる。

玩具になった者の末路は、彼女により引きずり降ろされた他の情報局幹部を見たがままだろう。



「アルマはおれの下で真面目に兵士してる。任務成功率もほぼ100%。裏切るような素振りもないし現大将のフスティシアとも仲が良い。」

「ふうん。で、まあこれなんだけど。」



机の上に広げられるのは、アルマ・ベルネットに関する基本情報と10年以上前の遠征に関する報告書だった。あまりに無造作だったため肩を跳ねさせたが個室であったことに気が付き落ち着きを取り戻す。そもそもこの話をするためにアッセンは個室を予約したのだろう。



「……今更なんだ。これはもう済んだ話だろ。」

「あっははは、そうだね。君にとっては済んだ話さ。でもね、アルマくんにとっては済んだ話だって割り切れることじゃあない。違う?」



カルムクールは知らず唇を噛みしめた。

自分にとっては済んだ話だ。済んだ話にしてきた。だがアルマからすればそれは過去のことと済まされないだろう。

今このタイミングでカルムクールの目の前にこれらを突き出したアッセンはアルマのため、ましてカルムクールのためではない。面白半分、いや面白さが7割それから同期のよしみからの忠告3割だろう。



「アルマくんの出身地やフェールポールの住民票に関しては私が処分しちゃってもいい。あの子は有能みたいだしこれからの未来を背負う希望の一つだ。立場が危うくなるようなものを消すのもやぶさかではないよ。でもね、」



10枚にも足りない薄っぺらな報告書。

それだけで事足りる任務内容だった。もちろん何十何百という人の命が国家の憂いがために失われる、悲しく心を痛ませる任務だったが、事務的に報告するなら、それだけだった。

確かな良心が、悲鳴を上げる。改めて眼前に並べ立てられ薄れていたはずの罪悪感が決壊するようにあふれ出す。



「アルマくんはこれからも上に行くだろう。上に行けば行くほど、手に入る情報も多くなる。こんな古い任務報告を見るなんて滅多にないかもしれない。でも見る機会がうっかり訪れるかもしれない。そのときあの子はどう思うかな?」

「それはっ……!」



後回しに、後回しにしてきた付けがここまできて回ってきた。



「カルムくんは随分アルマくんに懐かれてるみたいだね。信頼できる保護者であり、憧れであり、頼れる上司だった君がこんなことをしたとあの子が知ったら、きっと失望するだろう。ずっと自分に隠し続けていたことにさぞショックを受けるだろうね。」



アッセンはカルムクールを追い詰めることを楽しんでいる。だが彼女の口から出た言葉たちは紛れもない真実で、推測であるそれは限りなく確信ある未来に近い。



「あっははは、イイ顔するね!お説教はこれくらいにするけど、どうせ失望されるなら隠し続けてばれるより自分で言っちゃうほうがましだと思わない?適当なところでカミングアウトしちゃいなよ。」

「……それは、わかってる。だが、」



本人は決して認めない、だがアルマに懐かれているという自負はあった。


最初こそ他人行儀で常に一線を引かれ警戒され続けていた。だが一緒にいるうちに徐々にそれは薄れ、今はもう家族だと言っても過言ではないとカルムクールは思っている。


だが真実を彼に告げたらどうだろうか。

間違いなくアルマは失望する。いやそれどころか憎み、恨むかもしれない。


気安く愛称で呼び、つっけんどんだが無視したりはしない。

任務中に褒めれば薄らと笑い、名前を呼べばどんな状況でも声を聞いてくれる。

頭を撫でれば子ども扱いするなと言いながらも払いのけたりはしない。

話をするときはまっすぐ両目を見る。赤い目はいつも真摯で純粋。

最初こそ距離を取ろうとし続けていたが一緒に暮らして早十数年、もはや家族といっても過言ではなく、数少ない抵抗は相変わらずベルネットを名乗っていることと、ピアスを頑なにつけないことくらいである。正直ピアスは少しショックだったが、それでも肌身離さず持っていてくれることは、知ってのことだ。


だがあの日、カルムクールが、いや王国軍がしたことを知れば、それらの全てが失われるのではないだろうか。何気ない生活の全てが消え去る。昔と違い今のアルマは立派な大人であり、いつでもカルムクールの元から離れられるのだ。


真っ直ぐ琥珀の目を見る緋色は、きっと侮蔑と憎しみに染まるだろう。



カルムクールは気づいた。

自身は思った以上に臆病であったことに。


最初何か危険性があるなら殺してしまおうと、そうなんの抵抗もなく思っていた。基本的にラパンが殺しにかかっていたが、それを滑りぬけまるで避難所のように自分を扱うアルマに情が湧いたのはいつだっただろうか。カルムクールさん、そう遠慮がちに呼んでいたアルマがカルムさんと呼ぶようになったのはいつだっただろうか。声を掛ければどこに居ても飛んでくる、ラパンを笑えないような部下になったのはいつだっただろうか。


罪悪感がために拾った孤児が、いつの間にか初めての家族になっていた。

正しい家族の形なんてわからず尊敬する上司であるラルジュを参考にしつつ手探りしていた。

あの日支部に乗り込んできた生意気で哀れな子供は代えようのない存在になっていた。



「……顔真っ青だよ。ちょっと言い過ぎたかもしれないけど事実だし、あんまり放っておくとアルマくんが可哀想だからね。」

「すまん。……わかった。近いうちにアルマには伝える。」



それあげるよ、という言葉に遠慮することなく報告書を自分の鞄にしまった。まだ店に来て大した時間は経っていないのにドッと疲れた。



「それとさ、こっちは報告。」

「報告?」

「死んだ人間は生き返ると思う?」

「生き返るわけねえだろ。死んだらそれで終わりだ。」



脈絡のない質問に眉をしかめる。

死んだ人間はどうしたって生き返らない。生死は不可逆なものだ。



「それがさ、革命軍が復活してるらしいんだ。」

「なんだとっ……!?」



がたっと音を立てて立ち上がったカルムクールを見てアッセンは楽しそうに口角を上げた。



「落ち着きなよ。まだ確かな情報じゃない。でも火のない所に煙は立たぬっていうじゃない?今は静かに活動してる。それこそ王国軍の目が届かないところで。ドラコニア以前みたいにね。形も人数もはっきりしない。でも各地で少しずつ情報が来てるんだ。」

「お前がそういうならたぶん事実なんだろうな。噂レベルでお前が口に出すとは思えない。」



ぐぐ、と眉間に皺が寄った。

たくさんの仲間が、上司が、部下があの戦いで死んだ。革命軍に殺された。恨みなどはない。戦いを生業とする者としてその誇りは持っているつもりだ。だが、あれほどの死者を出したかいあって、革命軍は壊滅した。それでカルムクールの中では折り合いがついていたのにまだ残党がいたとあっては心中穏やかでない。



「そのうち討伐命令が出るさ。今度はたぶん新政府樹立なんてのを許す前にね。」

「さすがにな。二度目はない。」



存在を知っていながら、あれほどの事態になるまで放置していたのだ。二度目などあっては堪らない。


一旦会話に一段ついたところでタイミングを計ったように料理が運ばれてきた。それ以降は本当にとりとめのない話や軽口、思い出話など付き合いが長いだけありそれなりに話が盛り上がった。


そして、ふとアッセンは思い出したようにこう聞いた。



「そういえばカルムくん。”涙を流す者”って知ってる?」

「”涙を流す者”……なんだそれ?」

「いや、知らないならいいんだ。ダメ元で聞いただけだし。……正規のことじゃないし、嗅ぎまわってたら怒られるような事案なんだから大声では言えないけど。」


ものすごく、楽しそうなことをしてくれそうなんだ。



そうにんまりと笑うアッセンに顔を引き攣らせた。彼女の笑みはときに寒気を感じさせるが、この笑みはそう感じなかった。本当に、純粋に楽しみにしているような顔。

しかしながらその、楽しそうなこと、というのもろくでもない物のような気がしてならなかった。


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