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第九話 もう一つの遺言

「ソフィー」


静かな声が霊廟に響く。

私は涙を拭わずに振り返った。

やはり王太子殿下だった。


黒い正装のまま、一人で立っている。

護衛も、近衛騎士もいない。

「帰ってください」

殿下は答えない。


ただ、ゆっくりとお兄様の石棺へ歩いてくる。

「そこへ来ないでください」


私が一歩前へ出る。

お兄様の石棺を隠すように。

「あなたに、お兄様へ会う資格はありません」


殿下は足を止めた。

「そう思われても仕方がない」

「思われても、ではありません、あなたがお兄様を殺したんです」


霊廟は静まり返っている。

返事はない。

言い訳もない。

その沈黙が、私には認めたようにしか思えなかった。


「どうして何もおっしゃらないの」

「……」

「違うなら違うと言ってください!」


殿下は目を閉じ、小さく息を吐いた。

「違う、私は、ルイを殺したくなかった」

「嘘です」

「嘘ではない」

「なら、どうして!どうして止めなかったんですか!」


殿下はお兄様の石棺を見つめる。

その横顔は、この一年で何年も老けたように見えた。

「止めた」

「っ、まさか」

「最後まで止めたのだ」

「……」

「何度も」

「……」

「命令もした」

「信じません」

「そうだろう、君が信じられないのは当然だ」

「当然です」

「私が君でも、信じない」


その言葉だけは、どこかお兄様に似ていた。

静かで。

諦めたようで。

優しかった。

私はそんな自分に腹が立った。


「お兄様を返してください」

「返せない」

「なら話しかけないでください」


私はお兄様の石棺へ手を置く。

「ここは、お兄様と私の場所です」



殿下はしばらく黙ってらした。

そして懐から小さな革袋を取り出す。

「これは」


私には見覚えがあった。

お兄様がいつも腰につけていた、小さな革袋だった。


「遺品だ」

「……」

「一年間、私が預かっていた」

「どうして今頃になって」

「渡せなかった」

「言い訳ですか」

「違う」

殿下はその革袋を静かに石棺の前へ置いた。


「中を見てほしい」

「見ません」

「ルイが残したものだ」

その言葉だけで、心が揺れる。

お兄様が残したもの。


私はゆっくり革袋を手に取った。

中には、小さな銀色の懐中時計が入っていた。

お兄様が成人のお祝いにお父様から贈られたものだった。


蓋を開く。

そこには、小さな紙が挟まれていた。

震える手で広げる、お兄様の整った字。

『殿下へ』


その文字を見た瞬間、私は殿下を見上げた。

「……これは」

「君に見せるべきか一年間迷った、だがもう隠してはいけないと思った」


お兄様の字を追ってしまう。


『殿下へ、

父上と妹を頼みます。ソフィーは私が死ねば、必ずあなたを憎みます』


ああ、お兄様。胸が痛い。

文字が滲む。

続きを読みたくない、でも読んでしまう。


『それでも、どうか見捨てないでください。あの子は優しいから、

きっと自分より先に誰かを憎むことで、自分を壊します。どうか、生きる道を残してやってください』


「……嫌です、こんなの」

お兄様は最後まで、私の復讐ではなく、私の未来を心配していた。


「どうして、お兄様は私のことばかり……」


殿下はお兄様の石棺の前に跪き、静かに首をたれた。

「ルイ、すまない」

低く掠れた声だった。

「ルイとの約束を、一つも守れていない」


私は何も言えなかった。

お兄様の石棺の前で。

復讐したいという気持ちと、「生きてくれ」という願いが、

初めて真正面からぶつかった。


読んでいただきありがとうございます。

更新頻度を上げました。6時頃、16時頃です。

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