第十話 信じられない真実
「約束を守れていない……?」
私はお兄様の手紙を握り締めたまま、殿下を見つめた。
「どういう意味ですか」
殿下はすぐには答えなかった。
お兄様の石棺へ静かに視線を向ける。
「ルイは最後まで、二つだけ願った」
「……」
「君のお父君を頼むこと」
「そして」
殿下は苦しそうに息をついた。
「君が、生きる道を失わないようにしてほしい、と」
私は思わず笑ってしまった。
乾いた笑いだった。
「幸せ?」
涙がこぼれる。
「お兄様を失った私が?」
「……」
「あなたを憎んでいる私が?」
「そんなこと、できるはずがありません」
殿下は否定しなかった。
「私も、そう思った」
静かな返事だった。
「だから、この一年、君に会わなかった」
私は顔を上げる。
「え……」
「ルイの願いを叶えようとした」
「……」
「だが、君の傷が癒えていないうちに会えば、余計に苦しめるだけだと思った」
「違うわ」
「ソフィー」
「違います!」
怒りが込み上げる。
「私は一年間、待っていたんです!」
霊廟の静寂を破るように声が響く。
「お兄様は本当に罪を犯したのか、どうして処刑されたのか、誰も教えてくれなかった!」
私は震えながら叫んだ。
「お父様も、陛下も、あなたも、みんな黙っていた!」
殿下は黙って聞いている。
「私はずっと一人でした」
その言葉に、自分ではっとした。
そうだ。
一人だった。
お父様はお父様でお兄様を失っていた。
私はお父様を支えようとしていた。
だから自分の悲しみを誰にも話さなかった。
話せなかった。
「一人で考えて、一人で苦しんで、一人であなたを憎んで、それしかできなかった」
涙が止まらない。
殿下はゆっくりと近づいた。
今度は私は止めなかった。
お兄様の石棺の前まで来ると、殿下は静かに膝をついた。
殿下が、誰かの前で膝をつく。
そんな姿を初めて見た。
「ソフィー」
低く、かすれた声だった。
「私は君に謝る資格すらない」
「……」
「だが、一つだけ伝えたい」
殿下はお兄様の石棺へ手を置いた。
「ルイは罪人ではない」
私は息をのんだ。
「証拠があるんですか」
「もうすぐ辿り着く」
「ならば」
「だが一年前にはなかった」
殿下は迷いなく言った。
「あいつは最後まで、この国を守ろうとしていた」
「……」
「私も、君のお父君も、そのことだけは、一度も疑ったことがない」
それなら、それなら、どうして。
その言葉が喉まで出かかった時だった。
霊廟の外から足音が聞こえた。
急いで駆けてくる音だ。
「殿下!」
近衛騎士の声だった。
「失礼いたします!」
殿下が立ち上がる。
「何事だ」
騎士は霊廟へ入るなり跪いた。
「緊急のご報告です」
その表情は青ざめている。
「パレーラ大公が」
殿下の目が鋭くなる。
「どうした」
「屋敷から姿を消しました」
霊廟の空気が凍りついた。
「行方がわかりません」
騎士は続ける。
「さらに大公家の書庫から、大量の文書が持ち出されております」
殿下は拳を握り締めた。
「証拠隠滅か……」
私は、その言葉に反応した。
「証拠……?」
殿下は私を見る。
その目には、先ほどまでとは違う強い意志が宿っていた。
「ソフィー」
「今なら、まだ間に合うかもしれない」
「何がですか」
「ルイの無実を証明することが」
その瞬間。
私の中で止まっていた時間が、ほんの少しだけ動き始めた。
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