第十一話 お兄様が守ったもの
「無実を……証明する?」
私は殿下の言葉を繰り返した。
一年間、一度も考えたことのない言葉だった。
お兄様は罪人として処刑された。
その事実だけが残り、真実は誰も語らなかった。
だから私は、真実を知ることを諦めていた。
「そんなことが、本当にできるのでしょうか」
殿下はすぐには答えなかった。
代わりに近衛騎士へ向き直る。
「大公家の屋敷は」
「すでに近衛騎士団が包囲しております」
「書庫は」
「荒らされておりますが、すべて持ち出せたとは思えません」
殿下は静かに頷いた。
「わかった」
騎士が退出すると、霊廟には再び静けさが戻った。
私はお兄様の石棺へ視線を落とす。
「お兄様は」
声が震えた。
「本当に何も罪を犯してないのでしょうか」
「何もしていない、ではない。ルイは、自分で選んだ」
「……」
「罪を認めることを」
「やっぱり……」
「だが」
殿下は言葉を続けた。
「君が思っている意味とは違う」
「違う?」
「ルイは、自分が犯していない罪を認めた」
「そんなこと……」
理解できるはずがない。
「理由もなく、人は命を捨てない」
殿下はお兄様の石棺へ手を添える。
「あの日、ルイは私に言った」
霊廟に、殿下の静かな声だけが響く。
『殿下。
もう時間がありません。
敵は一人を狙っているのではありません。
王家とフォンデラ侯爵家、その両方を潰すつもりです。
もし私が無実を訴えれば、裁判は長引きます。
その間に敵は証拠を消し、父上もソフィーも狙われます。
だから、ここで終わらせます』
私は首を横に振った。
「そんなの、おかしい」
「私もそう言った、怒鳴った、命令もした、親友としても止めた。それでも、ルイは首を縦に振らなかった」
お兄様らしい。
そう思ってしまった。
一度決めたら曲げない。
誰かを守るためなら、自分を後回しにする。
子どもの頃から変わらない。
だから私は、お兄様が大好きだった。
だから今は、その優しさが苦しかった。
「殿下」
私はゆっくり口を開く。
「一つだけ教えてください」
「何だ」
「お兄様は」
喉が詰まる。
「最後は……笑っていましたか」
長い沈黙が流れる。
やがて、小さく頷いた。
「ああ」
私はその場へ座り込んだ。
「そうですか」
お兄様なら、そうする。
お父様や私が泣かないように。
最後まで笑う、そんな人だった。
「馬鹿です」
涙が落ちる。
「本当に、お兄様は馬鹿です」
殿下は否定しなかった。
「そうだな」
思わず殿下と目が合った。
そして、殿下の視線が、お兄様の石棺の足元で止まった。
「……これは」
私も視線を向ける。
石棺と床のわずかな隙間に、小さな紙片が挟まっていた。
今まで気づかなかった。
殿下が慎重に拾い上げる。
古びた紙だった。
端が破れ、半分ほど欠けている。
「文字がある」
お兄様の字ではない。
急いで書かれたような乱れた筆跡だった。
そこに読めたのは、たった数行。
『……公印は偽造……』
『……大公……』
『……伯爵……』
そして最後だけは、はっきり残っていた。
『ルイ様は無実』
私は紙を見つめたまま動けなかった。
「これは……」
霊廟の静寂は変わらない。
けれど、止まっていた真実だけが、少しずつ動き始めていた。
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