第六話 会えなかった最後の日
「ルイ・フォンデラ様が拘束されました」
その言葉だけで、世界の音が消えた。
「……何を、言っているのですか」
近衛騎士はうつむいたまま答えない。
お父様が詰め寄る。
「理由を述べよ」
「王太子殿下暗殺未遂、および国家反逆の疑いにより……」
「馬鹿を申すな!」
お父様の怒声が侯爵邸に響いた。
「息子がそのようなことをするはずがない!」
「ですが……ルイ様ご自身が、お認めになりました」
その瞬間、お父様の拳が震えた。
「認めた……だと」
「はい」
私は騎士の言葉が理解できなかった。
お兄様が。
認めた。
そんなこと、あるはずがない。
「嘘です!」
誰の声かわからないほど大声を出していた。
「お兄様はそんな人じゃありません」
「お嬢様……」
侍女が驚き止めようとする。
「違います!」
私は、厩舎に走った。
お兄様の愛馬ステラに鞍がついていた。
「ステラっ!お兄様に…お兄様のところへ」
馬丁や使用人が止める声も聞かずに、ステラに飛び乗り侯爵邸を飛び出した。
「ソフィー!」
少し遠い後ろからお父様の声が聞こえる。
でも止まれなかった。
お兄様のところへ行かなければ。
直接会えばわかる。
お兄様なら笑って言う。
『大丈夫だ』
『何かの間違いだ』
そう言ってくれる。
そう信じていた。
◇
王城。
正門前で馬を降り,門へ駆け寄る。
「開けてください!」
近衛騎士が道を塞いだ。
「本日は入城できません」
「私はフォンデラ侯爵家の娘です!」
「承知しております」
「お兄様に会わせてください!」
「できません」
「どうして!」
「命令です」
私は騎士の腕を振り払おうとした。
ステラが大きく嘶いた。
もちろん敵うはずもない。
「お願いです」
声が震える。
「一目だけでいいんです」
「……」
「お兄様に会わせてください」
騎士は目を閉じた。
そして静かに首を横へ振る。
「申し訳ありません」
私はその場へ崩れ落ちた。
お兄様は王城の中にいる。
すぐそこにいる。
それなのに。
会えない。
◇
その頃。
王城地下。
薄暗い石造りの部屋。
ルイは静かに椅子へ座っていた。
手枷だけが重く音を立てる。
扉が開いた。
「ルイ」
王太子ジュールだった。
護衛も連れず、一人で来ていた。
二人はしばらく何も話さなかった。
「撤回してくれ」
王太子が口を開く。
「まだ間に合う」
ルイは首を横に振る。
「駄目です」
「証拠なら探す」
「探す時間がありません」
「ある!」
「ありません」
王太子は机を叩いた。
「私を信じろ!」
「信じています」
ルイは迷いなく答えた。
「だからこそです」
「ルイ」
「敵は殿下を狙っています」
「だからといって君を」
「侯爵家も全て巻き込まれます」
「私は守る」
「簡単には守れません」
その時、遠くから微かに馬の嘶きが聞こえてきた。
「…ステラか」
「ステラ?お前の愛馬がなぜ…」
「ソフィーです。ステラは私とソフィーしか乗せない、王門まで来たのか……相変わらず妹はお転婆をする、目が離せない」
ルイが遠い目で微笑んだ。
王太子は何も言い返せない。
ルイは顔を上げた。
「だからこそ、ここで私一人が終われば守れる、きっと」
「全ては無理だ、終わらない」
「終わらないんじゃない、この先は、何としてもお前が守り、終わらせろ」
「お前無しでか……」
王太子の声が石壁へ響く。
ルイはゆっくり微笑んだ。
「ジュール、お前ならできる、その為の踏み石だ」
「……」
きつく握りしめた王太子の握り拳から一滴の血が石の床に落ちた。
「昔、約束したな」
幼い頃。
訓練場で木剣を振り回していた二人。
『おまえが王になっても友達だ』
『違う』
『お前は王になる』
『じゃあ、お前は隣で支えろ』
そんな約束をした。
「私は私の大切なものを、約束を守るために決断した」
「私の力では及ばないのだ」
「及ばなくても守れ!親友と家族と領民を守るために私はこの命を差し出すのだから」
ルイは深く頭を下げた。
「頼む、お前にしかできない事がある」
「ルイ……」
「ジュール」
「……約束する」
◇
夕方になっても。
私は王城の門の前に座り込んでいた。ステラが守るように側にいた。
侯爵家の馬車が止まり、ステラがまた嘶いた。
お父様が降りてらした。
「帰るぞ」
「嫌です」
「ソフィー」
「お兄様を置いて帰れません」
お父様は私の隣へ腰を下ろした。
こんなお父様を見るのは初めてだった。
「私も会えなかった」
その一言で、すべてが伝わった。
侯爵でさえ会えない。
つまり。
誰にも会わせる気がない。
私は空を見上げた。
夕焼けが赤い。
嫌になるほど赤かった。
お兄様は今、何を考えているのだろう。
お一人で、
怖くない?
お食事は召し上がっておられる?
少しでも眠ってお身体を、
考えても答えは出ない。
その夜、
私はたくさんたくさん神様へ祈った。
お兄様を助けてください。
私の命でも何でも差し上げます。
だから。
お兄様だけは。
助けてください。
けれど、その祈りが届くことはなかった。
翌朝。
王城の鐘が、静かに鳴り始めた。
お読みいただきありがとうございます。
よろしくお願いします。
更新頻度を上げますので、6時ごろ、16時ごろを見てただければと思います。




