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第四話 兄の決断

翌朝。


フォンデラ侯爵家の屋敷は、いつもと変わらない朝を迎えていた。

使用人たちが庭を掃き、厨房から焼きたてのパンの香りが漂う。

お父様は新聞代わりの外交報告書を読み、お兄様はすでに書類へ目を通していた。


「お兄様」

「どうした」

「昨日の続きを聞かせてください」

お兄様は苦笑した。

「忘れていなかったか」

「忘れません」

「そういうところは父上に似たな」


お父様も報告書から目を上げる。

「ルイ」

「はい」

「ソフィーにはまだ早い」

「承知しております」

二人だけで通じる会話だった。


私は少し頬を膨らませる。

「私だけ仲間外れです」

「違う」

お兄様は優しく笑った。

「守りたいだけだ」

「皆、そう言います」

「実際そうだからな」

私は納得できなかった。

剣も習った。

外交もお父様から教わった。

侯爵令嬢として必要なことは、一通り学んできた。

それでも、お兄様たちは大事な話になると私を外へ出した。


その日の昼過ぎ。

王城から急使が到着した。

「王太子殿下より、ルイ・フォンデラ殿へ」

お兄様は封を切る。

読み終えた瞬間、ほんのわずかに表情が変わった。

「父上」

「来たか」

お父様はまるで予想していたように立ち上がる。

「私はすぐ王城へ向かいます」

「私は屋敷で備えよう」


お兄様は急いで支度を始めた。

「お兄様」

お兄様は振り返る。

「今日、帰ってきますよね」

「……ああ」

その返事を、私は信じた。



王城、王太子執務室。


重い扉が閉まる。

部屋には三人だけだった。


国王シャルル。

王太子ジュール。

そして、ルイ・フォンデラ。


机の上には数通の書状が並んでいる。

どれにも同じ紋章が押されていた。

「間違いない,パレーラの紋章だ」

国王が低く言う。

「パレーラ大公が動き始めた」


「証拠は」

王太子が書状を睨みつける。

「まだ弱い、状況証拠ばかりです」

ルイが静かに答える。


「だが放置すれば手遅れになる」

国王は窓の外を見る。

「奴らは王太子妃選定を利用する気だ」

部屋に沈黙が落ちた。


やがて王太子が口を開く。

「ルイ」

「はい」

「君まで狙われる」

「承知しております」

「侯爵家も巻き込まれる」

「承知しております」

「……ソフィーも」

その名前だけで、ルイが初めて表情を変えた。

いつも穏やかな彼の目に、はっきりとした焦りが宿る。

「妹だけは」


王太子は静かに頷く。

「私も同じ考えだ」

「ならば」

ルイは迷わなかった。

「私が囮になります」

「駄目だ」

王太子は即座に否定した。

「君はフォンデラ侯爵家の跡継ぎだ」

「だからこそです」

「違う」

「私一人で済むなら安いものです」

王太子が机を叩いた。

「安くなどない!」

部屋に声が響く。

ルイは驚いたように親友を見る。

王太子は目を閉じ、小さく息を吐いた。

「……すまない」

「殿下」

「私は親友を失うために王太子になったのではない」

ルイは少しだけ笑った。

「私は殿下を王にするために側近になりました」

「ルイ」

「それが役目です」

「違う」

「違いません」


国王は黙って二人を見つめていた。

長い年月を共に歩いてきた二人だった。

王太子と側近ではない。

友だった。

だからこそ、この会話は苦しかった。

ルイは机の上の書状を見つめる。

「もし敵が望んでいるものが私なら」

「……」

「私を差し出せば、父上もソフィーも守れます」

「そんな保証はない」

「保証はありません」

「なら駄目だ」

「ですが可能性はあります」

王太子は何も言えなかった。

理屈では、ルイが正しい。

だからこそ受け入れられない。

ルイは静かに頭を下げた。

「殿下」

「お願いがございます」

「言うな」

「父上と」

王太子は首を横に振る。

「言うなっ」

「ソフィーを」


王太子は目を閉じた。

ルイはそれでも続けた。

「どうか、お守りください」

その願いだけは、最後まで変わらなかった。

窓の外では、春風が白百合を揺らしていた。


まだ誰も知らない。

この日が、フォンデラ侯爵家の運命を大きく変える始まりになることを。


お読みいただきありがとうございます。よろしくお願いします。

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