第三話 最初の違和感
16時投稿予定を勘違いし6時台に投稿してしまいました、次話は本日16時予ごろに投稿します。
お茶会が終わる頃には、庭園は夕暮れ色に染まり始めていた。
「今日は疲れただろう」
帰りの回廊を歩きながら、お兄様が私を見た。
「少しだけ」
「よく頑張った」
「何もしていません」
「何もしないのも才能だ」
「褒めていませんわ」
「褒めている」
お兄様は笑った。
その横を歩く王太子殿下も、小さく笑っている。
「ソフィー」
「はい」
「今日のお茶会はどうだった」
「皆さま、とても立派な方ばかりでした」
「それだけか」
少し考えて答えた。
「……皆さま、少し無理をして笑っているように見えました」
王太子殿下が足を止めた。
「どうしてそう思った」
「私も同じだったからです」
お兄様が思わず吹き出す。
「正直だな」
「だって本当です」
王太子殿下はしばらく黙っていたが、ふっと笑った。
「君らしい答えだ」
その言葉を最後に、王太子殿下は執務へ戻っていった。
お兄様もその後ろ姿を見送り、小さく息を吐く。
「今日も忙しそうですね」
「ああ」
「最近ずっと」
お兄様は答えなかった。
王城を出る前。
お兄様は「少し待っていてくれ」と言い残し、一人で西棟へ向かった。
エントランスでは、大きな時計が静かに時を刻んでいる。
窓の外では近衛騎士が交代し、使用人たちが忙しく行き交う。
その時だった。
「……失礼」
誰かと肩が触れた。
「あ、ごめんなさい」
顔を上げると、オデットだった。
いつもの穏やかな笑顔ではない。
顔色が悪い。
「大丈夫ですか」
「ええ……少し疲れただけです」
そう言いながらも、彼女は何度も後ろを気にしていた。
「お父上がお待ちです」
侍女が小声で告げる。
オデットは小さく頷いた。
「失礼します」
足早に去っていく後ろ姿は、どこか怯えているようにも見えた。
「……どうしたんだろう」
「待たせた」
お兄様が戻ってきた。
「遅かったですね」
「ああ、少し仕事が増えてな」
「またですか」
「最近は書類が山のようだ」
お兄様は笑って見せた。
でも、その笑顔は少しだけ疲れていた。
侯爵家の馬車へ乗り込む。
先にお父様が馬車にいらした。
お兄様が乗り込み、馬車は王城を後にした。
しばらく誰も話さない。
珍しいことだった。
お父様とお兄様はいつも王城での出来事を楽しそうに話すのに。
今日は静かだった。
馬車の揺れだけが続く。
やがてお父様が口を開いた。
「ルイ」
「はい」
「屋敷に着いたら書斎へ来なさい」
「承知しました」
短いやり取りだった。
私は窓の外を見る。
王城が少しずつ遠ざかっていく。
その高い塔の上を、一羽の白い鳥が飛んでいた。
その夜。
私は眠れなかった。
何となく胸がざわつく。
理由はわからない。
庭へ出ると、ラベンダーが夜風に揺れていた。
お母様が好きだった白百合は屋敷の東側に。
お兄様はラベンダーの香りが好きだった。
「眠れないのか」
振り向くとお兄様がいた。
上着だけ羽織り、手には温かい飲み物を二つ持っている。
「はい」
「珍しいな」
お兄様はベンチへ腰掛けた。
私も隣に座る。
「今日は何だか変でした」
「何がだ」
「わかりません」
お兄様は笑う。
「外交にもそういう日はある」
「勘ですか」
「ああ」
「勘で仕事をするんですか」
「最後はな」
私は驚いてお兄様を見る。
お兄様は夜空を見上げていた。
「数字も証拠も大切だ、
だが、最後に人を信じるかどうかは、理屈だけでは決められない」
「……難しいです」
「そのうちわかる」
お兄様はそう言って微笑んだ。
その笑顔が、少しだけ寂しそうに見えた。
「お兄様?」
「うん」
「何か隠していますか」
お兄様は驚いたように私を見た。
それから、いつもの優しい笑顔に戻る。
「心配性だな」
「誤魔化しましたね」
「仕事の話だ」
「危ない仕事ですか」
少しだけ沈黙が流れた。
夜風がラベンダーを揺らす。
お兄様は静かに立ち上がった。
「ソフィー」
「はい」
「もし私がいなくても――」
「嫌です」
思わず言葉を遮った。
お兄様は困ったように笑う。
「最後まで聞きなさい」
「聞きたくありません」
「……そうか」
お兄様はそれ以上何も言わなかった。
ただ私の頭を軽く撫でる。
「今日は早く休みなさい」
「お兄様…」
「おやすみ」
お兄様は屋敷の中へ戻っていく。
私はその背中を見送りながら、なぜか胸が苦しくなった。
あの時、呼び止めていたら。
あの時、無理にでも話を聞いていたら。
未来は少しだけ変わっていたのだろうか。
その答えを知る者は、もう誰もいない。
お読みいただきありがとうございます。よろしくお願いします。




