第二十七話 黒幕の正体
北港へ向かう街道を、馬が夜明けの霧を切り裂くように駆けていた。
先頭は殿下。
その後ろを私、お父様、近衛騎士たちが続く。
やがて古い灯台が見えた。
海を見下ろす石造りの塔。
その傍らに、小さな管理小屋が建っている。
殿下が馬を止めた。
「ここか」
私たちは馬を降りた。
近衛騎士が先に管理小屋へ向かう。
しばらくして、一人の老人が姿を現した。
白髪の、小柄な老人だった。
老人は殿下を見ると、静かに頭を下げた。
「……ジュール王太子殿下」
「エミール殿か」
「はい」
その名を聞いた瞬間、私は老人を見つめた。
この人が。
お兄様が命を懸けて守った人。
エミールは私を見ると、小さく目を細めた。
「あなたが……ルイ様の妹君ですな」
「はい」
「よく似ておられる」
エミールは懐から、小さな革袋を取り出した。
「これを、ルイ様から預かっておりました」
私は震える手で受け取る。
袋の中には、一枚の羊皮紙と、小さな銀の百合の紋章が入っていた。
見たことのない紋章だった。
殿下がそれを手に取る。
その表情が変わった。
「……銀の百合」
お父様も目を見開く。
「王家直属の極秘監察官……」
私は二人を見た。
「監察官?」
殿下がエミールを見る。
「父上直属の者か」
「はい」
エミールは静かに頭を下げた。
「私は王家直属の監察官として、長く北港を監視しておりました」
ただの灯台の管理人ではなかった。
だから、お兄様はこの人を守った。
エミールが語り始める。
「あの日、ルイ様は私にこうおっしゃいました」
『もし私が戻らなければ、この紋章を王太子殿下へ。そして、真実を話してください』
老人は遠く海を見つめた。
「あの日の夜、私は港を監視しておりました」
「そこへ馬車が三台やって来ました」
「一台には、ボデッチェ伯爵」
「もう一台には、灰色の司祭」
殿下の表情が険しくなる。
「そして最後の馬車から降りた人物を、私はこの目で見ました」
私は思わず手を握りしめた。
「誰ですか」
エミールはゆっくり答えた。
「パレーラ大公です」
やはり。
クラウスの証言と一致する。
エミールは続けた。
「私は物陰から、彼らの会話を聞いていました」
「大公は、ルイ様を排除し、王家とフォンデラ侯爵家を弱体化させ、王太子殿下のお命もと、命じていました」
身体から血の気が引いた。
お兄様は、最初から狙われていた。
罪を着せられたのではない。
消されるために選ばれたのだ。
「そして、これを」
エミールは革袋に入っていた羊皮紙を開いた。
そこには数名の署名が並んでいる。
最後に大きく記されていた。
パレーラ・ド・ヴェレース。
本人の署名だった。
「これは大公が港へ持ち込ませた物資と、その受け渡しを命じた書類です」
殿下が書類を確認する。
書類には、謀叛を達成するには十分な武器や毒物が記載されていた。
お父様も、その横から目を通した。
お兄様が集めた資料。
クラウスの証言。
王家直属の監察官であるエミールの目撃証言。
そして、大公本人の署名。
お兄様が命を懸けて残したものが、ようやく一つにつながった。
殿下が顔を上げる。
「エミール殿。王城で証言してもらえるか」
「もちろんでございます」
その時、港の入口から馬の足音が響いた。
近衛騎士が振り返る。
「殿下! 王城から急使です!」
使者は馬から飛び降り、殿下の前に膝をついた。
「陛下より急報でございます」
「申せ」
「パレーラ大公が本日、王族会議を招集しました」
殿下の瞳が鋭くなる。
使者は続けた。
「さらに大公は、自ら王位継承権を主張すると宣言しております」
お父様の表情が険しくなった。
「ついに動いたか」
殿下は手の中の書類を見つめた。
そして、私を見る。
「王都へ戻る」
「はい」
私は革袋を胸に抱いた。
お兄様が守った人は、生きていた。
そして、お兄様が残した真実も。
今度は、私たちが終わらせる。
港の空には、夜明けの光が静かに広がり始めていた。
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