第二十五話 ルイの遺した木箱
◇
フォンデラ侯爵家の書斎。
お父様は机の前に立ち、しばらく動かなかった。
「ルイは、もし自分に何かあったら、この書斎を調べてほしいと言っていた」
私たちは手分けして書斎を調べた。
やがて、お父様が書棚の奥から一つの木箱を見つけた。
長い間そこに置かれていたのだろう。
薄く埃をかぶった蓋には、見慣れた筆跡で一言だけ記されていた。
――父上へ。
誰も口を開かなかった。
お父様は震える指先で、その文字をなぞる。
「……ルイ」
その声に、胸の奥が締めつけられた。
殿下が静かに言う。
「開けましょう」
お父様は一度だけ目を閉じ、大きく息を吸った。
「……ああ」
錠はなかった。
蓋を持ち上げると、中には丁寧に布で包まれた書類がいくつも並んでいた。
一番上には封筒。
そこにも、お兄様の字。
『父上へ』
お父様は封を切り、ゆっくり読み始めた。
『父上。
この手紙を父上が読んでいるということは、私はもうこの世にはいないのでしょう。
親より先に逝く不孝を、お許しください。
父上なら、きっと私を叱りますね。
「勝手に全部背負うな」
そう言う姿が目に浮かびます。
ですが、あの日、私には他の道がありませんでした。
私一人が罪を負えば、王家も、フォンデラ侯爵家も守れる。
そう信じて選びました。
どうか、ご自分を責めないでください。
責めるなら、不出来な息子だった私だけで十分です。
父上。
しかしながら、私が死んでも、この事件は終わりません。
黒幕は生きています。
だから、これを残します。
中には、私が集めた資料があります。
ですが、帳簿だけでは足りません。
必ず証人を探してください。
証人は、生きています。
その人だけが、あの日の真実を知っています。
証人の名前は、この手紙には書きません。
もしこれが敵に渡れば、その人も殺されます。
父上なら、きっと辿り着けます。
私が残した記録を追ってください。 ルイ 』
お父様はそこで手紙を置いた。
拳を握りしめたまま、しばらく動かない。
「……証人」
殿下が呟いた。
「クラウスの話と同じだ」
お父様は木箱の中を調べ始めた。
封筒の下には、何枚もの羊皮紙が重ねられている。
そこには数字と日付、そして貴族たちの署名が並んでいた。
お父様の表情が変わる。
「これは……」
「何かわかったのですか、お父様」
「ルイは……資金の流れだけではなく、人の動きまで記録している」
一枚一枚をめくるたび、王都から港へ続く経路が浮かび上がってくる。
お兄様が最後まで追っていたもの。
王都から港へ流れる、不審な金と人の動き。
そして最後の紙に、小さく一文だけ書かれていた。
『港の鐘が三度鳴る日に会え』
殿下が眉をひそめる。
「暗号か」
お父様はその文字をじっと見つめた。
私も、お兄様の筆跡を見つめる。
港。
そこに、お兄様が命を懸けて守った人へつながる手掛かりがある。
生きている証人。
お兄様が、最後まで守ろうとした人。
私たちはようやく、その人へ続く道の入り口に立っていた。
お読みいただきありがとうございます。
更新頻度が上がりました。
6時ごろ、16時ごろです。よろしくお願いします。




