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第二十三話 証人

地下牢に静寂が落ちた。


「帳簿ではない……?」


私はクラウスを見つめた。

クラウスは静かに答えた。


「ルイ・フォンデラ殿は優秀でした。帳簿一冊で王国は変わらないことくらい、誰より理解していた」


「死人を利用して揺さぶるな」

殿下が私の前に立つ。


「利用しているのではありません」


クラウスの表情から、先ほどまでの余裕が消えた。

「私は、ルイ殿と処刑前に会っています」


「お兄様と……?その時、お兄様は何と?」


クラウスはすぐには答えなかった。

代わりに、お父様へ視線を向ける。

お父様が静かに目を閉じた。


「……ルイは処刑される前夜、私にも一つだけ話した」


「…お父様!会えなかったのでないのですか?何を話したのです」


お父様は私を見た。

「証拠ではなく、証人を守ってほしい、と」


私は言葉を失った。

「証人……?」


「ああ」

お父様は頷いた。

「黒幕を直接見た者を、一人生かして逃がしたと言っていた」


殿下の表情が変わる。

「何故、侯爵と、クラウスが知っているのだ、誰を逃した」


「名前は聞いておりません」


「居場所も?」


「存じません、ルイは、私が知らない方がその者を守れると考えたのでしょう」


クラウスは黙って聞いていた。


「クラウス」

殿下が低く呼ぶ。


「お前は知っているのか」


長い沈黙のあと、クラウスが答えた。

「すべてではありません」


「では、知っていることを話せ」

クラウスは牢の中のお父様へ目を向けた。


「ルイ殿は、その証人を逃がしました」


「それは聞いた、誰をどこへ?」

「それは私も知りません」

「では、なぜ証人が生きているとわかる」


クラウスの視線が私へ向いた。

「ルイ殿から聞いたからです」


話が見えない、みんな何を普通に話しているの?

お兄様が亡くなる前、誰も会えなかったと。

殿下だけがお会いになったはず。

でも殿下もご存じないことがあったの?

クラウスは敵なの?味方なの?


「お兄様は、あなたを信じていたのですか」


クラウスの表情がわずかに歪んだ。

「……いいえ私は、信じていただけるような人間ではありませんでした」


誰も言葉を挟まなかった。

クラウスは続ける。


「ですが、ルイ殿は私に言いました」


クラウスの声が地下牢に響く。

「『もし真実を話す日が来たなら、その人が生きていることだけは伝えてください』と」


お兄様。

自分が死んだあとまで、道を残していた。


帳簿ではない。

書類でもない。

消すことのできない、生きた証人を。


その時、牢の錠が外れる音がした。

近衛騎士が振り返る。


「殿下、開きました」


殿下はすぐに鉄格子を開いた。

私は牢の中へ駆け込む。


「お父様!」

お父様の腕には、まだ鎖が残っていた。


近衛騎士が鍵束を手に駆け寄り、一つずつ鍵を確かめる。

やがて錠が外れ、重い鎖が床へ落ちた。


「お怪我は?」


「大丈夫だ」


お父様は立ち上がると、私の肩へ手を置いた。


「心配をかけたな」


「本当に……」


言葉が続かなかった。


その背後で、殿下がクラウスを見据えていた。


「クラウス。ここから先は、すべて話してもらう」


クラウスは目を伏せた。

「そのつもりです」

「黒幕のこともか」

「はい」


そして静かに顔を上げた。


「ですが、その前に証人を見つけてください」

「なぜだ」

「私の証言だけでは、パレーラ大公を追い詰めることはできません」


初めて、その名が地下牢に響いた。

パレーラ大公。


クラウスは続けた。

「ルイ殿が命を懸けて守った証人だけが、すべてを見ています」

お読みいただきありがとうございます。

更新頻度が上がりました。

6時ごろ、16時ごろです。よろしくお願いします。

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