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第二十二話 地下牢

「地下牢……」


私は紙を握りしめた。

白百合の印。

お母様が愛した花。

そして、フォンデラ家に受け継がれる風魔法。


「お父様……」

殿下が紙を受け取る。

「侯爵殿を救出するのが先だ」


ガレスが建物を見上げた。

「警備隊長が慌てて奥へ向かった今なら、地下の警備も手薄になっているはずです」


「入口は?」

「正面階段ではありません」

ガレスは本部の裏手を指さした。


「地下牢へは、証拠保管庫の脇にある階段を使います」

「案内してください」

「はっ」


殿下は近衛騎士団長へ向き直った。


「近衛騎士は正門で時間を稼げ」

「承知しました」

「ただし、絶対に先に手を出すな」

「相手から仕掛けてきた場合は」

「その時だけ応戦しろ」


近衛騎士団長は一礼すると、部下を率いて正門へ進んだ。


ほどなくして、正門辺りで怒鳴り声が響く。


「ここから先は立入禁止です!」

「王太子殿下の命令である!」


言い争いが始まる。

警備隊員たちの視線が正門へ集まった。


その隙に、私たちは建物の裏へ回り込む。


裏庭は静かだった。

古い井戸。

荷車。

薪小屋。


その奥に、小さな鉄の扉がある。


「ここです」


ガレスが小声で言った。

扉には錠前が掛かっていた。

殿下が近衛騎士の一人に目を向ける。


「開けられるか」

「お任せください」


近衛騎士が簡単に錠を外す。


殿下が扉を押し開けると、冷たい空気が流れ出た。

石段が地下へ続いている。


「行くぞ」


松明に火を灯し、一行は静かに降りていく。


湿った石壁。

鉄格子。

水の滴る音。


地下牢は思っていた以上に広かった。

しかし、人の気配がない。


「静かすぎるわ」


その時、遠くから何かを叩く音が聞こえた。


コン。

コ。

コ。


三回。


少し間を置いて、また三回。


ガレスが立ち止まる。


「この合図は……」


「知っているの?」


「ルイ様です」


ガレスの声が低くなる。

「近衛時代、ルイ様が味方に居場所を知らせるために使っていた合図です」


音を頼りに進む。

一番奥。

重い鉄格子の牢。


中には一人の男が座っていた。

両手を鎖で繋がれ、それでも背筋は真っすぐだった。


「お父様!」


私は鉄格子へ駆け寄った。


お父様はゆっくりと顔を上げた。

疲れた表情だったが、私の姿を見るとかすかに笑った。


「……ソフィー」


「お父様、ご無事ですか」

「来てしまったか」

「当たり前です、助けに参りました」

「駄目だ」


お父様は首を振った。


「ここへ来てはいけなかった」


殿下が鉄格子の前に立つ。


「侯爵」

「殿下まで……」

「なぜ拘束された」


お父様はすぐには答えなかった。


やがて静かに言った。


「帳簿を見つけただろう」


私と殿下は顔を見合わせた。


「ご存じだったのですか」

「ルイが追っていたものだ」

「では、お兄様は……」

「ああ。帳簿の存在を知っていた」


お父様は目を閉じた。


「だが、ルイが追っていたのは帳簿だけではない」


「どういうことですか」

「私も、すべてを聞かされたわけではない」


お父様は静かに私を見た。


「ただ、あの子は最後まで何かを守ろうとしていた」



廊下の奥から足音が響く。

一人ではない。


ガレスが剣に手を掛けた。

「来ます」


殿下も振り返る。

「牢を開けられるか」


近衛騎士が錠を調べる。

「少し時間がかかります」


足音が近づく。

松明の光が揺れる。


やがて暗闇の向こうから、警備隊員たちが姿を現した。

その先頭には、クラウスが立っていた。


「やはり地下へ来られましたか」


先ほどまでの焦りは消えていた。

私はクラウスを見据える。

クラウスは牢の中のお父様を見た。


「侯爵。娘御は立派に育たれましたな」


お父様は答えない。

クラウスはゆっくり殿下へ視線を移した。


「殿下」

「何だ」

「帳簿だけでは足りません」

「どういう意味だ」


クラウスはしばらく黙っていた。


「ルイ・フォンデラ殿が命を懸けて守ったものは、帳簿ではありません」


地下牢に静寂が落ちた。


「では、何を守ったのですか」


私の問いに、クラウスの表情がわずかに揺れた。


「人です」

「……人?」

「生きている証人です」

「クラウス隊長、それを今、なぜ話すのかしら?」


クラウスの表情が揺れる。


お兄様が命を懸けて守った人。

その人は、今もどこかで生きている。

お読みいただきありがとうございます。

更新頻度が上がりました。

6時ごろ、16時ごろです。よろしくお願いします。

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