第二十一話 王都警備隊本部
「王都警備隊本部へ向かう」
殿下は即座に馬へ飛び乗った。
「殿下、お待ちください!」
近衛騎士団長が駆け寄る。
「相手の狙いは殿下を誘い出すことかもしれません」
「わかっている」
「でしたら」
「だからこそ行かねばならん」
殿下は迷わなかった。
「陛下が動けず、フォンデラ侯爵まで拘束された。ここで私まで動かなければ、王都は敵の思うままだ」
近衛騎士団長は一礼した。
「近衛騎士三十名、お供いたします」
「いや、大勢で行けば、向こうは証拠隠滅に走る」
「では」
「精鋭六名だけだ」
私はこれまで、殿下は穏やかな方だと思っていた。
今は違う。
お兄様が隣で支えていた理由が、少しだけわかる気がした。
「ソフィー」
「はい」
「君はここまでだ。これ以上の危険に巻き込めない」
「嫌です。お供いたします。今更どこに帰れと?」
殿下は苦笑する。
「ルイと同じ返事だ」
「お兄様の妹ですもの」
その一言に、ガレスが小さく笑った。
「本当に似ておられます」
傷を押さえながらも、その目はまだ鋭かった。
「警備隊本部の中は、私も何度か出入りしております」
「案内できる?」
「はい」
「では行くぞ」
一行は王都中央へ向かった。
王都警備隊本部。
灰色の石造りの大きな建物だった。
正面には王家の紋章。
その下に警備隊の旗が揺れている。
一見すれば、王都を守る正義の砦。
しかし今日は違った。
門の前には完全武装の警備隊員。
人数が多すぎる。
「臨戦態勢なのね」
ガレスも頷いた。
「普通ではありません」
殿下は馬上から名乗った。
「王太子ジュール・ド・ヴェレースだ、門を開けよ」
門番たちがざわつく。
「開けぬなら通るまで、責任者に伝えよ」
しばらくして、一人の男が姿を現した。
四十代半ば。
黒い髪を後ろへ撫でつけ、整えられた口髭。
制服には金色の階級章。
「王都警備隊長、クラウス・ヴァルナーでございます」
その名を聞いた瞬間、ガレスの表情が凍った。
「知っているの?」
小声で尋ねる。
「ええ」
「お兄様と?」
「……ルイ様が亡くなられる前日に会っていた人物です」
空気が張りつめた。
殿下が一歩前へ出る。
「アルマン・フォンデラ侯爵を返してもらおう」
クラウスは微笑んだ。
「正式な取り調べ中でございます」
「罪状は」
「国家反逆罪」
私の拳が震えた。
「まだそんなことを!」
クラウスは私を見た。
「フォンデラ令嬢」
その口調には余裕があった。
「ご令嬢も事情聴取が必要になるかもしれません」
「何ですって」
「証拠がございますので」
殿下が遮った。
「その証拠を見せろ」
「捜査中ですので」
「見せられないのか」
「今は」
「では侯爵を返せ」
「それもできません」
二人の視線がぶつかる。
しばらく沈黙が続いた。
やがてクラウスが静かに口を開く。
「殿下」
「何だ」
「ルイ・フォンデラ殿も、このように感情的でした」
ガレスの手が剣に伸びる。
殿下が軽く制した。
「続きを」
「最後まで聞かずに動かれた」
私は違和感を覚えた。
お兄様は感情で動く方ではない。
むしろ誰より冷静だった。
それを、最後に会ったというこの男が知らないはずがない。
わざとだ。
この男は、私たちの反応を見ている。
私はクラウスを見つめた。
ほんの一瞬、クラウスの瞳が揺れた。
「クラウス隊長!」
若い警備隊員が駆け込んでくる。
「至急、ご報告が!」
「何だ」
警備隊員はクラウスの耳元で何かを囁いた。
その途端、クラウスの顔色が変わった。
「……何?」
焦りが見えた。
「失礼いたします、殿下、お引き取りを」
そう言い残し、クラウスは建物の奥へ急いで消えていく。
私は殿下を見た。
「何かあったのでしょうか」
「ああ」
ガレスが低く言った。
「今が好機かもしれません」
何か白いものが、建物の奥から風に乗って舞い上がった。
紙?風の動きが、風魔法?
風はまるで行き先を知っているように、警備隊員たちの頭上を越え、私の足元へ紙を運んできた。
私はそれを拾い上げる。
紙には震える文字で、たった一行だけ書かれていた。
『地下牢』
その下には、小さな白百合の印。
お母様が愛した花。
そして、この不自然な風。
私は顔を上げた。
「お父様……」
フォンデラ家に受け継がれる風魔法。
間違えるはずがない。
私は紙を握りしめ、殿下を見た。
「お父様は、地下にいらっしゃいます」
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