第二十話 王都の異変
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夜明け前。
近衛騎士団の船は白波を切り裂きながら王都へ向かっていた。
誰も眠っていない。
ガレスは船室で傷の手当てを受けていた。命に別状はないと専属医は言ったが、無理は禁物だった。
私は甲板に立ち、暗い海を見つめていた。
「眠れないか」
殿下が隣に立つ。
「嫌な予感がするの」
「私もだ」
二人の間に沈黙が落ちる。
やがて殿下は懐から帳簿を取り出した。
「もう一度見るか」
私は頷いた。
ページをめくる。
港への荷の出入り。
金貨の流れ。
偽名。
そして最後の数ページだけ、筆跡が違っていた。
「これ……」
私が指先で文字をなぞる。
「急いで書き足したみたい」
殿下も頷く。
「数字も雑だ。最初の帳簿とは別人だな」
最後の一行。
そこには短く書かれていた。
――『処分済』
「何を処分したの?」
さらに次の行。
――『北は終了』
私の顔色が変わる。
「北……」
「北の館か」
レオンが保護されていた屋敷。
「でも、レオンは生きている」
「なら別の意味だ」
殿下はページを閉じた。
「王都へ着いたら、文字の癖を調べる。書いた人間までたどれるかもしれない」
見張りが叫んだ。
「港です!」
全員が前を向く。
王都の港が見えてきた。
しかし様子がおかしかった。
普段なら夜明け前でも漁船や荷船が動いている。
今日は静かすぎる。
煙が一本。
港の北側から立ち上っている。
火事?
望遠鏡を覗いた見張り騎士の声が緊張する。
「建物が焼かれています!」
殿下が望遠鏡を受け取る。
しばらく見つめたあと、険しい顔になった。
「北倉庫街だ」
私の胸がざわつく。
「まさか……」
「帳簿の証拠を消しているのだろう」
船は速度を上げた。
港へ着くと同時に、近衛騎士たちが一斉に駆け出す。
港は騒然としていた。
兵士や商人。
野次馬に怒号。
焦げた木材の臭い。
殿下は最初に駆け寄った騎士を捕まえた。
「何があった」
騎士は王太子を見るなり膝をつく。
「はっ! 二時間ほど前、何者かが倉庫に火を放ちました!」
「犯人は」
「逃走しました!」
「被害は」
「貴族関連の書類が保管されていた倉庫街です」
殿下は目を閉じた。
遅かった。
敵は一歩先を読んでいる。
「他には」
「死人は出ておりません」
その言葉に私は少しだけ息をついた。
だが騎士は続けた。
「ただ……」
「何だ」
「フォンデラ侯爵邸へ、王都警備隊が向かいました」
私は愕然とする。
「なぜ?」
「家宅捜索とのことです」
「理由は!」
「国家反逆罪の再調査と聞いております」
殿下の表情が一変した。
「誰が命じた」
「……わかりません」
「陛下はご存じなのか」
「国王陛下は昨夜から体調を崩され、謁見中止と聞いております」
殿下が私を見る。
二人とも同じことを考えていた。
「陛下を隔離し、その間にフォンデラ侯爵家を潰すつもりだろう」
殿下は迷わなかった。
「馬を用意しろ!」
近衛騎士が走っていく。
そのとき。
ガレスが船から降りてきた。
傷口を押さえながら歩いている。
「安静になさってください!」
「無理です」
「傷が深いのですよ」
「ルイ様なら行きます」
その一言で私は何も言えなくなる。
馬が数頭。
殿下、私、ガレス、そして護衛の近衛騎士たち。
皆は石畳を駆け抜ける。
王都の人々が驚いて道を開ける。
フォンデラ侯爵邸が見えた。
だが。
門の前には数十人の王都警備隊が立っていた。
正門は封鎖されている。
門扉には赤い封印布。
『王命により立入禁止』
私は馬を降りた。
「嘘……」
侯爵邸の庭には警備隊員が入り込み、使用人たちが一列に並ばされている。
泣いている者もいた。
お父様の姿が見えない。
殿下が前へ出る。
「私は王太子ジュール・ド・ヴェレースだ」
隊長らしき男が振り返った。
「王太子殿下」
「誰の命令だ」
「王命です」
「陛下の署名を見せろ」
男は一瞬だけ黙った。
その沈黙を、殿下は見逃さなかった。
「見せられないのか」
「極秘命令です」
「つまり持っていない」
空気が変わる。
近衛騎士たちが剣に手をかけた。
王都警備隊も構える。
あと一歩で衝突する。
侯爵邸の中から、一人の老人がよろめきながら現れた。
白髪の執事だった。
「ベルナール!」
フォンデラ家に三十年以上仕えた老執事。
彼は私を見るなり叫んだ。
「お嬢様!」
その声は悲鳴に近かった。
「旦那様が連れて行かれました!」
「どこへ!」
「王都警備隊本部です!」
私の全身から血の気が引く。
敵は証拠を消しただけでは満足していなかった。
今度はお父様を人質にしたのだ。
殿下は静かに拳を握る。
「……ついに始めたか」
黒幕はついに、王都の中心で牙をむいた。




