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第十八話 海を渡る

夜明け前。


港には一隻の軍船が静かに停泊していた。

波は穏やかだったが、空には厚い雲が広がっている。

「出航します」

船長の声とともに帆が上がる。

船はゆっくりと港を離れた。

私は甲板に立ち、遠ざかる王都を見つめる。


「怖いか」

隣へ来た殿下が静かに尋ねた。


「怖いです。でも、一年前とは違います。あの頃は何も知りませんでした。今は、お兄様が何を守ろうとしたのか知りたいのです」


殿下は静かに頷いた。

「ルイも同じことを言うだろう」

その言葉だけで十分だった。


昼過ぎ。

見張りの騎士が声を上げる。

「島が見えます!」

水平線の向こうに、小さな島影が浮かんでいた。

断崖に囲まれた島だった。

港らしい港はない。


船長が海図を広げる。

「西側に小さな入り江があり、あそこなら接岸できます」

船は大きく進路を変えた。

やがて入り江へ入る。

そこには古びた桟橋が一本だけ残っていた。

朽ち果てているように見える。


殿下は桟橋へ飛び降りると、膝をついて木材を調べた。

「新しい傷だ」


近衛隊長も確認する。

「三日ほど前でしょう、重い荷を運んだ跡があります」

誰もいない島ではなかった。

つい最近まで、人がいたのだ。


森の中を十分ほど歩くと、石造りの大きな倉庫が現れた。

窓は閉ざされ、扉には錆びた錠前が掛かっている。

「開けろ」

近衛騎士が斧を振り下ろす。

錠前はあっけなく壊れた。

重い扉がゆっくり開く。

中は暗い。

湿った空気が流れ出てくる。

灯りを掲げながら進むと、木箱が整然と積まれていた。


「残っている……」

敵はすべてを運び出せなかったのか。

近衛騎士が一つ目の箱を開ける。

空だった。

二つ目。

これも空。

三つ目。

やはり空。

「見せかけか」

殿下は倉庫の奥へ歩いていく。


そして、最も古びた木箱の前で足を止めた。

「これは動かされていない」

近衛騎士が蓋を持ち上げる。


中には布が何重にも詰められていた。

その布を一枚ずつ取り除く。

最後に現れたのは、一冊の革表紙の帳簿だった。

部屋中の空気が変わる。

殿下が慎重に帳簿を開く。

最初の数ページは、ただの荷物の記録だった。

だが、途中から筆跡が変わる。

そこには金額と日付、そして貴族の名が並んでいた。


「これは……」

私はその文字を目で追う。


『ボデッチェ伯爵、銀貨 三千枚』

その下には。

『パレーラ大公』

さらに、その次の行には。

『王都警備隊 ──』

名前だけが、鋭利な刃物で切り取られていた。


その時、倉庫の外から鋭い笛の音が響いた。

近衛騎士が入口へ駆ける。

「殿下!敵です!島の周囲を囲まれました!」


殿下は帳簿を閉じ、剣の柄へ手を掛けた。

「ようやく姿を見せたか」


倉庫の外では、何人もの足音が一斉に近づいてきていた。


お読みいただきありがとうございます。

更新頻度が上がりました。

6時ごろ、16時ごろです。よろしくお願いします。

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