第十八話 海を渡る
夜明け前。
港には一隻の軍船が静かに停泊していた。
波は穏やかだったが、空には厚い雲が広がっている。
「出航します」
船長の声とともに帆が上がる。
船はゆっくりと港を離れた。
私は甲板に立ち、遠ざかる王都を見つめる。
「怖いか」
隣へ来た殿下が静かに尋ねた。
「怖いです。でも、一年前とは違います。あの頃は何も知りませんでした。今は、お兄様が何を守ろうとしたのか知りたいのです」
殿下は静かに頷いた。
「ルイも同じことを言うだろう」
その言葉だけで十分だった。
◇
昼過ぎ。
見張りの騎士が声を上げる。
「島が見えます!」
水平線の向こうに、小さな島影が浮かんでいた。
断崖に囲まれた島だった。
港らしい港はない。
船長が海図を広げる。
「西側に小さな入り江があり、あそこなら接岸できます」
船は大きく進路を変えた。
やがて入り江へ入る。
そこには古びた桟橋が一本だけ残っていた。
朽ち果てているように見える。
殿下は桟橋へ飛び降りると、膝をついて木材を調べた。
「新しい傷だ」
近衛隊長も確認する。
「三日ほど前でしょう、重い荷を運んだ跡があります」
誰もいない島ではなかった。
つい最近まで、人がいたのだ。
◇
森の中を十分ほど歩くと、石造りの大きな倉庫が現れた。
窓は閉ざされ、扉には錆びた錠前が掛かっている。
「開けろ」
近衛騎士が斧を振り下ろす。
錠前はあっけなく壊れた。
重い扉がゆっくり開く。
中は暗い。
湿った空気が流れ出てくる。
灯りを掲げながら進むと、木箱が整然と積まれていた。
「残っている……」
敵はすべてを運び出せなかったのか。
近衛騎士が一つ目の箱を開ける。
空だった。
二つ目。
これも空。
三つ目。
やはり空。
「見せかけか」
殿下は倉庫の奥へ歩いていく。
そして、最も古びた木箱の前で足を止めた。
「これは動かされていない」
近衛騎士が蓋を持ち上げる。
中には布が何重にも詰められていた。
その布を一枚ずつ取り除く。
最後に現れたのは、一冊の革表紙の帳簿だった。
部屋中の空気が変わる。
殿下が慎重に帳簿を開く。
最初の数ページは、ただの荷物の記録だった。
だが、途中から筆跡が変わる。
そこには金額と日付、そして貴族の名が並んでいた。
「これは……」
私はその文字を目で追う。
『ボデッチェ伯爵、銀貨 三千枚』
その下には。
『パレーラ大公』
さらに、その次の行には。
『王都警備隊 ──』
名前だけが、鋭利な刃物で切り取られていた。
その時、倉庫の外から鋭い笛の音が響いた。
近衛騎士が入口へ駆ける。
「殿下!敵です!島の周囲を囲まれました!」
殿下は帳簿を閉じ、剣の柄へ手を掛けた。
「ようやく姿を見せたか」
倉庫の外では、何人もの足音が一斉に近づいてきていた。
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