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第十七話 忘れられた島

翌朝。


殿下は私を連れ、王都の外れにある小さな屋敷を訪れた。

派手な門も、紋章もない。

控えめな屋敷だった。

扉を叩くと、中から一人の男が現れる。

三十代半ばほど。

左頬には古い傷が走り、腰には剣を下げていた。

男は殿下を見ると、すぐに片膝をついた。


「殿下」

「久しいな、ガレス」

私は男を見つめた。

「この方が……」

「ああ」

殿下は静かに頷く。

「ルイの副官だった騎士だ」

ガレスは私へ向き直った。


「ソフィー様」

私は驚いた。

「わたくしをご存じだったのですか」

「もちろんです、ルイ様は、いつも妹君のお話をされていました」

胸が熱くなる。

お兄様はいつも私のことを話していたのだ。


部屋へ通されると、ガレスは一冊の古びた手帳を机へ置いた。

「これは」

殿下が尋ねる。

「ルイ様から預かったものです、亡くなる前日です。殿下へ渡そうとしましたが」

ガレスは殿下を見た。

「殿下は私に命じられました」


『今は動くな、生き残れ、その時が来るまで、誰にも見せるな』


殿下は拳を握りしめた。

「覚えている、あの時は、それしか方法がなかった」


ガレスは静かに手帳を差し出す。

「今なら、ルイ様も許してくださると思います」


殿下がゆっくり手帳を開く。

そこには日付だけが並んでいた。

そして、数ページ目で手が止まる。

「……これは」

私も覗き込む。


そこには、お兄様の整った文字でこう書かれていた。


『ボデッチェ伯爵 本邸にて密会、同席者 二名。一人はパレーラ大公、もう一人はバルガック』


「まさか、オデット様のお父様?」

私が呟くと、ガレスが静かに答えた。

「はい、王太子妃候補のオデット・ボデッチェ様の父君が」


殿下はゆっくり手帳を閉じた。

「ルイ、お前は最後まで、一人で抱え込んでいたのか」


その時、外から慌ただしい足音が聞こえた。

近衛騎士が息を切らして駆け込んでくる。

「殿下!早馬より、ベルノール港で、大公家の船が、今朝未明に出港しました!」


殿下は立ち上がる。

「間に合うか」

騎士は首を横に振った。

「いえ、ですが、船が向かった先だけは判明しております」


「どこだ」

騎士は一枚の海図を広げ、ある島を指差した。

その島の名を見た瞬間、ガレスの表情が凍りついた。

「まさか……」

「まだ、あの場所が残っていたのか」



「あの島を知っているのですか」

私が尋ねると、ガレスはしばらく海図を見つめたまま動かなかった。

やがて静かに口を開く。

「知っています、ルイ様と私が、一度だけ訪れた場所です」


殿下の表情が変わる。

「報告書には載っていなかった」

「極秘任務でした」

ガレスはゆっくり頷いた。

「王家の命ではありません、ルイ様が独自に調べておられたのです」


お兄様は処刑される前から、すでに陰謀を追っていた。

「何があったのですか」

「古い倉庫です」

「海運会社の名義になっていますが、実際には荷物の出入りしかありませんでした」

「荷物?」

「木箱ばかりです」

「中身は」

ガレスは首を横に振る。

「確認できませんでした。ですが、ルイ様は帰り道でこうおっしゃいました」

『あの倉庫は荷物を隠す場所じゃない、証拠を消す場所だ。』


殿下は海図へ目を落とした。

「ベルノールから船を出した理由は、それか」

「はい」

ガレスは答える。

「王都より人目につきません、誰にも知られず、荷を運べます」

殿下は決断するように海図を畳んだ。

「島へ向かう」

近衛隊長が頷く。

「船を手配します」


その夜。

港へ向かう準備が進む中、私は一人で霊廟を訪れた。

お兄様の石棺の前には、今日も白百合が咲いている。

私は静かに花を見つめた。

「お兄様」


返事はない。

「少しずつですが、近づいています。まだ何も証明できていません、でももう復讐だけではありません、私はお兄様の真実を取り戻したい」


霊廟には静かな風が吹き抜ける。


入口の方から足音が聞こえた。

振り返ると、殿下が立っていた。

「出発は夜明けだ」

私は頷く。

「はい」


殿下は石棺へ視線を向け、小さく呟く。

「ルイ、もう少しだけ待っていてくれ、今度こそ、お前との約束を果たす」


二人で霊廟をあとにする。


その頃――。

忘れられた島の古い倉庫では、一つの木箱が開かれていた。

中には金貨も宝石もない。

あるのは古びた帳簿と、王家の公印が押された文書だけ。

黒衣の男は一枚を手に取り、不敵に笑う。


「王太子が来る、ならば歓迎しよう。はっ!返り討ちにしてくれよう」

蝋燭の炎が揺れ、男の影だけが壁いっぱいに大きく伸びた。



お読みいただきありがとうございます。

更新頻度が上がりました。

6時ごろ、16時ごろです。よろしくお願いします。

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