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第十六話 港

「西へ向かっただと」


殿下の声は低かった。

「確かな情報か」

「はい」


近衛隊長が説明をするのを殿下はじっと聞いておられる。

「街道沿いの宿場で、高級なのに紋章がない馬車が目撃されていますが、車輪に大公家の紋章があったと言う者がおりました。御者は二人、護衛は六人ほど」

「向かった先は」

「西の港町、ベルノールと思われます」


殿下は地図を広げた。

北の館。

そして西の港町。

二つの場所を見比べ、静かに呟く。

「時間を稼がれたな」

私はお兄様の手紙を見つめた。

「お兄様も、このことを予想していたのでしょうか」

「いや」

殿下は首を振る。

「ルイは敵の動きではなく、敵の考え方を読んでいた」

「考え方……」

「証拠が見つかれば消す、追われれば逃げる、逃げるなら囮を置く、その繰り返しだ」


お兄様と殿下は、いつもこうして一緒に考えていたのだろう。


その日の夜。

王城の会議室には、国王シャルルも姿を見せていた。


殿下は霊廟で見つかった紙片、お兄様の手紙、北の館での出来事を順に報告する。

国王は黙って聞いていた。

やがて静かに口を開く。


「ルイが命を懸けた理由は分かった。だが、まだ証拠としては弱い」

「はい」

「裁判を覆すには、公文書か証人が必要だ」


その言葉に、私はレオンを思い浮かべた。

「レオンではダメなのでしょうか」


国王は穏やかに首を振る。

「少年の証言だけでは、貴族たちは動かぬ。誰が見ても聞いても否定できない証拠がいる」


私は唇を噛んだ。

お兄様の無実は、もう目の前にある気がするのに。

まだ届かない。


会議が終わり、廊下へ出る。

窓の外には雨が降り始めていた。

殿下が歩みを止める。

「ソフィー」

「はい」

「唇を噛むな、傷になる」

「……殿下、こんな時に」

「こんな時だからこそだ、あなたに傷一つ、ついてほしくない」

「……」

私は素直に頷いた。まさかそんなところを見てるなんて。


「わかってくれたならいい、西へ向かう。だが、その前に一人会わせたい人物がいる」

「どなたですか」

「ルイの部下だった騎士だ」


私は驚いて顔を上げた。

「生きているのですか?」

「ああ、ルイの死のあと、王都を離れた。一年間、沈黙を守り続けている」

「どうして今まで……」


殿下は遠くを見るような目をした。

「私が命じた。証拠が揃うまでは、決して動くなと」


殿下だけではなかった。

お兄様の願いを守り続けていた人が、まだいたのだ。



その頃――。


西の港町ベルノール。

一隻の大型帆船が、静かに夜の海へ向けて出航の準備を進めていた。

船倉の奥。

黒い外套をまとった男が、一つの木箱へ視線を落とす。

「王太子が動いたそうです」

部下の報告に、男は微笑んだ。

「ノロマだな」

木箱の蓋を軽く叩く。

「これさえ処分すれば、ルイが何を残そうと同じことだ、あんな若造に国は任せられぬ」


港に霧が立ち込める。

船は音もなく岸を離れ始めた。


お読みいただきありがとうございます。

更新頻度が上がりました。

6時ごろ、16時ごろです。よろしくお願いします。


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