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第十三話 北の館の証人

翌朝、まだ夜明け前だった。


王城の裏門には十数騎の近衛騎士が集まっていた。

誰も無駄口を叩かない。

ジュール王太子殿下は地図を広げる。

「北の館までは半日、敵が残っている可能性もある」

近衛隊長が頷く。

「包囲してから捜索します」

「いや」

殿下は首を振った。

「証拠が最優先だ、追い詰めれば燃やされる」


お兄様が命を懸けて残したものだ。

今度こそ失いたくない。

「ソフィー」

殿下が私を見る。

「危険な可能性が高い、置いて行きたいのだが」

「今更,引き下がるつもりはございません」

「……わかった、私の側から離れないように」

「……はい」


王都を離れるにつれ、景色は深い森へと変わっていく。

昼近くになり、馬が足を止めた。

木々の向こうに石造りの館が姿を現す。

窓ガラスは割れ、屋根も一部崩れている。

確かに廃墟だった。

「火事の跡には見えない」

殿下が呟く。


黒く焦げた跡はほとんどない。

「近衛騎士、包囲」

騎士たちが音もなく散っていく。

やがて隊長が戻った。

「人の気配はありません」

殿下はゆっくり館へ入った。

扉は軋み、大きな音を立てる。

中は埃だらけだった。

家具には白い布がかけられ、長年使われていないように見える。


殿下は床へしゃがみ込んだ。

「見ろ」

床には新しい泥が残っていた。

雨は三日前に降った。

その泥は、まだ完全には乾いていない。

「最近、人が入ったようですね」

私が言うと、殿下は頷いた。

「しかも何人もだ」


館の奥には書斎があった。

本棚は空。

机も引き出しも何も残っていない。

「遅かった……」


殿下が暖炉の前で足を止めた。

「妙だ」

暖炉には灰が残っている。

指で触れると、さらりと崩れた。

「新しい」

「誰かが最近、火を使った?」

殿下は灰の中を慎重に探る。

やがて、小さな金属片を拾い上げた。

焼け焦げて黒くなっている。

「これは……封印に使う留め具か」


近衛隊長が受け取る。

「王家の物ではありません」

「大公家でもない」

誰の物なのか。


「殿下」

別の騎士が廊下の奥から呼んだ。

「殿下、地下があります」

館の床下へ続く石階段だった。

冷たい空気が流れてくる。

殿下は迷わず足を踏み入れた。

地下室は思ったより広い。

木箱が並び、壁には棚が作られている。

しかし、中は空だった。

「……」


敵はいつも先を行く。

お兄様は命を懸けたのに。

証拠は、また消されてしまった。

その時だった。

地下室の隅で、小さな音がした。

──カタン。

全員が一斉に振り向く。


木箱の陰から、小さな人影が飛び出した。

まだ十歳くらいの少年だった。

ぼろぼろの服を着て、怯えた目でこちらを見ている。

逃げようと駆け出した瞬間、私は思わず叫んだ。

「待って!」

少年の足が止まる。

振り返ったその顔は、涙と泥で汚れていた。

そして震える声で、たった一言だけ呟いた。

「……ルイ様は、悪くありません」

「お兄様を知っているの?」


地下室に静寂が落ちた。

少年は逃げようと身を引いた。

だが、足がもつれ、その場に倒れ込む。

「大丈夫よ」

私はゆっくり近づいた。

驚かせないよう、できるだけ優しく声をかける。

「誰もあなたを傷つけない」

少年は私と殿下を交互に見た。

その目には恐怖が刻み込まれていた。

「本当……ですか」

「ええ、私のお兄様はルイよ」

私はそっと手を差し伸べる。

少年はためらいながら、冷え切った手で,私の手を掴んだ。


地下室の入口まで連れて行き、水と食事を用意してもらう。

少年は夢中でパンを口へ運んだ。

何日も食べていなかったのだろう。

殿下は食べ終わるまで何も聞かなかった。


やがて少年は深く息をつき、小さく頭を下げた。

「ありがとうございます」

「名前は」

「レオンです」

「この館で働いていたのか」

少年は首を横に振る。

「お父様が働いていました。私は手伝いを……」


殿下は静かに頷く。

「父上は」

レオンは俯いた。

「殺されました、見つかったからです」

「何を」

少年の唇が震える。

「帳簿を」


地下室の空気が張り詰める。

殿下の視線が鋭くなった。

「続けてくれ」

「お父様は、大公様の命令で荷物を運んでいました」

「でも……帳簿を見てしまったんです。そこには、お金の流れが全部書いてありました。誰に渡したか、誰が受け取ったかが。お父様は、それを見てしまいました」


「その帳簿は」

レオンは首を振った。

「燃やされました。お父様の目の前で」


「でも」

少年は顔を上げる。

「お父様は全部燃やされる前に、一枚だけ抜き取りました」

殿下が一歩前へ出る。

「その一枚は」

「お父様が持って逃げました」

「どこへ隠したかわかるか」


レオンはしばらく黙っていた。

父親との約束を思い出しているようだった。

やがて、小さく口を開く。

「誰にも言うなって言われました」

少年は私を見た。

「でも、ルイ様は助けてくれたから」

「お兄様が?」

レオンは力強く頷いた。


「あの日、お父様が捕まる前、ルイ様はお父様に言ったんです」

『絶対に隠し通してほしい、いつかこの国を救う』


私は言葉を失った。

お兄様は知っていた。

自分が処刑される前から。

証拠が必要になる日を。

「その紙はどこにあるの」


「ここじゃありません。お父様が言っていました」


『もし私が帰らなかったら、いつかここにルイ様の仲間の方がきたら、白百合の咲く場所、とお伝えするように』


また白百合。

それは母の好きだった花。


私はゆっくりと殿下を見た。

殿下も同じことを考えていた。


「霊廟……」

誰よりも先に、お兄様はそこへ真実を託していたのかもしれない。



お読みいただきありがとうございます。

更新頻度が上がりました。

6時ごろ、16時ごろです。よろしくお願いします。

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