他人に何かを求めているとして、主語が僕の場合の解答は。
「うわっ、サボりが来やがった」
体育館に入るなり、嫌味を言ってきたのはイリノイだった。
足を行儀悪く放り出して、汗だくの体操着の首元を掴んで風を送っている。
「イリノイ、休憩中か」
「休憩も何もでしょ」
大きなブラウンの瞳が正面を見る。
「これじゃ無理だって」
「……なるほど」
自分の生徒を連れて来ると言うのは確かに聞いていた。
しかし、まさか生徒全員でバスケットボールの試合を行うとは。
「コラッ、かわされてもしつこく食らい付けっ!」
「うっ」
「返事は!」
「はっ、はいっ!」
ドリブルで攻め込む相手の背中を必死に追いかけるオチクンの姿。
しかし相手が層圏の生徒では、U18代表の彼でも太刀打ちできないようだ。
可哀そうだから、早く行ってやるか。
「ええと、層圏先生」
「おおっ、空男。帰って来たか」
ピッと笛を鳴らす。
「試合終了っ! 休めっ!」
「きっつーっ!」
「もう無理……」
オゾンのスパルタ授業から解放され、十二名の生徒が一斉に倒れる。
他人に強制されるのを極端に嫌がる現代の子どもたちだからといって、彼女は容赦ない。
それでいて生徒達に憎まれることなく、むしろ慕われているのだから不思議だ。
「オチ、最後まで倒れずによく頑張ったな」
「あっ、はいっ!」
オゾンに肩を叩かれ、嬉しそうにオチクンが叫ぶ。
いつもなら必ず「クンも名前っす」と主張するのに。
「うわっ、来た。私逃げるね」
イリノイが立ち上がろうとしたが、僕は彼女の頭を掴んで押し返した。
「こらっ、人の頭を触んな」
「いいからここにいろ。お前達にも関係のある話だ」
「ってか先生、コーヒー臭いんですけど。やっぱりサボでしょ?」
「太宰に本を投げられたんだよ」
口論になる前にオゾンがやって来る。
レフェリー役は選手たちと変わらない運動量なのだが、汗一つ掻いていない。
「おいおい。生徒に触れるのはセクハラだぞ」
「そうだ、セクハラだぞ」
何だよ、怖がっていたくせに。
「彼らと話したの?」オゾンが訊ねる。
僕は正直に話した。
「彼らはここを出たがってるみたいだ」
「何人?」
「六人」
「きっかけは十四番?」
イリノイをちらりと見る。
気まずそうに目を反らす。
そうか、彼女もその番号の意味を知っているのか。
「で、どうするつもり?」
「えっ?」
「十四番も彼らも君の生徒。君はどうしたい」
意外な質問に戸惑った。
校長の彼女は強引にでも生徒たちの規則破りを許さないと思っていたのに。
「それは僕に選択権があるっていうことでいいのかな」
「もちろん。誰でも自分の意思で選択肢を選ばないとね」
「……もし、彼らの要求を呑むと言っても?」
「あなたの自由。ただそれは、自分の存在を自ら否定するってことよ」
オゾンは床に散らばっている生徒達を眺めた。
それを見た生徒たちは次第に身体を起こし、彼女の前に整列しはじめる。
何も言わなくても、日々の指導による経験がそうさせているのだ。
太宰が見れば、団体行動なんて時代遅れだと言って一笑に伏すだろう。
しかし、彼らの目は決してひ弱な羊ではない。
むしろ、この状況でどうすべきか分からず右往左往しているオチクンの方が頼りなく見える。
一体、僕は今まで彼に何をしてやれたと言うのだろう。
「もう一度聞くよ。どうするつもり?」
イリノイが僕を見ている。
マザーテレサは犯罪者の罪を赦し、愛情をもって受け入れた。
自分の元を去っていく者に向ける愛があるとすればどのような形なのか。
笑顔でさようなら?
それで彼らの飢えは満たされるのか。
そもそも彼らは大人に、世界に何を求めている?




