浅草寺
豪華絢爛な赤塗の本堂。
そこへと伸びた、視界の開けた石畳から、子ども達の騒がしい声が聞こえてくる。
「えっ、子どもがいるの?」
「……みたいだね」
巨大なエネルギーの塊みたいだった。
二、三〇人はいる年齢も背丈もバラバラな子どもたちが、囲いを作って罵声を飛ばしていた。
「やれーっ! やっちまえ!」
「吹っ飛ばせ!」
「三連覇! 三連覇!」
水を差したくないと思った足が途中で止まる。
イリノイも合わせた。
「相撲か何かかな?」
「ただの殴り合いかもね」
やがて、オクターブと音量が急上昇した。
勝負が決まったようだ。
「へへーん、ざまーみろっ!」
子どもたちは捨て台詞を吐き、本堂西側を通って、その場から立ち去っていく。
そのうちの何名かが、僕達に気付いた。
「あ、知らない人だ」
指を差した誰かをきっかけに、視線が僕達に集中する。
「や、やあ」
不審人物ではない。
そう証明するために、にこやかな笑顔で手を振ってみた。
しかし、どうやら逆効果だったようだ。
「……誰だよ、あの大人」
「子どももいるぞ」
「どうする?」
「俺が行く。お前らは戻ってろ」
その少年は一番背が低かったが、リーダー格のようだった。
十二、三というところか。少し色黒で、唇が分厚い。
途中で石を拾ったのは、どういう意図だろう。
イリノイを避難させるべきか?
他の子どもたちがみな西側の方へと去っていく。
足を引きずっているのが、さっきのケンカの敗者なのだろう。
「こんちはっ」
リーダー格の少年が礼儀正しく頭を下げた。上下関係の厳しい世界で揉まれた人間の礼の仕方だった。
「何の用ですかね?」
「ええと、テイラーに会いに来たんだけど」
「……テイラー? 外国人の子どもはここにいませんよ」
「いや、見た目は日本人なんだ。それに子どもでもない。僕より少し年下の、髪がボサボサで……」
「……何言ってんすか?」
目を細めて、僕の発言に疑問符を打つ少年。
来るべき場所を間違えた?
いや、彼は確かにここにいるはず。
「ゴディバッ!」
その時、誰かが叫んだ。
西側へ向かう子どもたちとは逆に、全速力で近付いてくる。
笑顔で、手を振りながら。
「はぁ、はぁ」
到着するや否や、息を切らしてしゃがみ込んだもう一人の少年。
彼と同じぐらいの年か。爽やかな顔立ちだが、色白で少し心配になるほどの痩せ型だ。
何かの病気にかかっているのか? そう思ったのは、水玉模様のパジャマ姿のせいかもしれない。
「……健吾、何て無茶を……身体に障るだろ」
「ごめんごめん。でもさ、ゴディバに早く……伝えたくて」
「伝える? 何を」
「ちょっと、タンマ……」
小刻みに呼吸を繰り返し、酸素を補給する。
しばらく、二人の様子を見ようか。
「急いで伝えたかったら、無線で連絡すれば良かったのに」
彼の言葉を聞いて、ふとニッティを確認する。
こっちの少年はゴディバと呼ばれていたけど、きっとあだ名だろう。
外国人はここにはいないと言ったのは他でもない彼だ。
圏外。この辺りはネットワーク外なのか。
「……よし、タンマ終了。じゃあゴディバ、仕方ないな。話してあげよう」
「……ウザッ」
「ええっ、そりゃないよ。せっかく、《ペンギンマン》のアップデート——」
「バカッ!」
健吾の口を強引に抑えるゴディバ。
僕達に聞かれたくない秘密の話なのだろう。
しかし、健吾の方はそうは思っていないようだった。
「何だよ、もうっ! 嬉しくないのかよっ!」
「嬉しいとかそういうことじゃなくて、マズイだろ。こいつらの前で」
健吾の目がこちらを向き、僕は軽く頭を下げた。
「ゴディバ、大丈夫だよ。この人たちは」
「何でだよ。大人だぞ? 信頼できるわけ」
「大丈夫だよね? 神宮寺空男さん、それに西織……じゃなくてイリノイさん」
「……えっ」
身震いがした。
僕の普段用の名前を知っているだけなら、こうはならなかっただろう。
しかし、この健吾という少年はイリノイの名前まで知っていた。更には、僕と家族しか知らない彼女の本名を、途中まで言いかけた。
こんな怖気の走るような体験は、人生でも数えるほどしかない。
そう、それはまるでAIと初めて会話した時のような……
「私の名前」
隠れていたイリノイが前に出た。
ぱっちりと開いたその瞳にはむき出しの敵意。
ヒイチの時と同じだ。
「何で知ってんの?」




