Project; penguin-man;
「さーて、何で知っているのでしょうか?」
手の平を見せるような仕草で、あっけらかんと訊ね返すパジャマ姿の少年。
イリノイは当然、黙っていない。
「何だよ、それ。私、年上なんだけど」
「僕は年の差なんて気にしないよ。あれ、そういえば君、かわいいね」
「……先生」
コイツコロシテモイイデスカ、というアイコンタクト。
苦笑いで首を振る。
「おい、健吾。どういうことか教えてくれ。こいつら、知り合いか?」
「そうだなあ……層圏的に両方って所かな」
「はっ、意味わかんねーんだけど」
ゴディバがそう言うのはもっともだった。
それが誰かの好きな口癖だと知っているのは、スタディウムの教師かせいぜいオゾンのクラスの生徒ぐらいなものだ。
東京の、それもネットワークエリア外のこの土地にまで伝わるような情報ではない。
……いや、待てよ。
知っていてもおかしくない奴が他にも一羽だけいる。
「……君、ひょっとしてゾラから情報を」
「おっ、ご名答ご名答。さっすがスカイモンキー君」
「その呼び名……もしかしてあんたっ」
テイラー、そう言おうとして今度は僕の口が封じられた。
「ドントッ! ここで言われちゃ困るって、空男」
「えっ、先生。こいつの正体分かったの?」
「いや……ええと」
「健吾、マジで訳分かんねえよ。こいつら、お前の何なんだよ?」
「何って言われても……とにかくさ。この人たちは安全無害だよ。だから僕達の秘密基地に招待してもいいかな?」
「はあっ!?」
「いいよね、リーダー?」
▽
バージョン1.0にダウンデートしたオリバー・テイラーと顔を合わせたのが四年前。
オゾンの誘いでスタディウムで働きはじめることになり、その報告も兼ねての再開だった。
その時はスポーツマンと芸術家を足して二で割ったような大学生風の姿だったのだが、まさか更に身体を変えるとは。
ましてやあの頃よりもっと若い、思春期頃の少年の身体になんて。
手作りのバリケードで囲まれた、広々とした園庭。
浅草寺の南側にある、今は使われていない幼稚園施設だ。
「うわっ!」
「誰!? この人っ!?」
通路を一歩進むだけで、大量の足音が園内に響き渡る。
来訪者がよほど珍しいようだ。
「ここが僕専用の部屋」
扉を開けると、懐かしい香りがした。
畳を敷いた八畳ほどの和室。
「適当に座って」
テイラーはそう言って、中央に敷かれた布団に寝転がった。
彼の枕側にはちゃぶ台があり、その上にVRグラスと手袋型キーボード、コップと薬が置いてある。
何種類もの、大量の薬だった。
「テイラー」
僕が声を掛けると、彼は口を尖らした。
「だから、ここでは健吾。その名前は禁止」
「……その身体、一体どういうつもり? まさかとは思うけど」
「違うって。俺がそんなことする奴に見える?」
「……ジョークのつもりなら面白くないけど」
「ははっ、それはお互い様でしょ?」
上機嫌そうに手袋を掴む健吾。
何のための手袋だろうと思いきや、次の瞬間手袋が宙を飛んだ。
着地場所は座布団に腰かけたイリノイの膝の上。
「……えっと」
「分かんない? 決闘の証だよ?」
「……決闘」
どう反応していいか戸惑っているイリノイ。
健吾は二マッと笑い、もう片方の手袋を自分の右手に嵌める。
「意味不明なことをするな」
「そんなこと言わないでよ。センセッ♪」
「お前が先生って呼ぶな」
「ならやっぱりスカイモンキー君?」
僕は返事の替わりに、健吾の肩を握った。
「……さっきの質問の答えは?」
「空男って、相変わらず分かりやすいよね。感情がすぐに顔に出る」
「僕に言えないようなことをした、と受け取っていいんだな」
「……相変わらず冗談が通じない男だよ、君は」
手袋を嵌めた手が、ドアノブを回すような仕草。
それが起動スイッチになっていたようだ。
数秒後、僕達は四、五十のウインドウに取り囲まれた。
「今はここでみんなの副リーダーをしている。本物の健吾は一年前に路上で倒れて死んでいたよ、ちゃんと死んでいた。保証する」
「……死体泥棒も犯罪だよ」
「仕方がないよ。だってあの身体のままだったら、すぐに捕まって記憶を奪われるか殺されていた」
「自業自得だと思うけど。っていうか、まだあきらめていないのか」
「もちろんさ」
ウインドウの一つを僕の前に投げ付け、健吾が言った。
「ノーウォールの人工知能を書き換える。それが僕の復讐だ」
ウインドウにはたった一行。
『Project; penguin-man;』と書かれてある。
この文書ファイルを開くにはパスワードが必要なようだ。
「協力してくれるなら計画について話すけど、どうする空男?」
「先生、もしかしてこの人、テロ—―」
「しっ、黙ってろ……なあ、テイラー」
「健吾だって」
「……健吾、僕もつい先日、ノーウォールに行ったんだ」
「へえ、どういう風の吹き回し?」
「別にバードになりたかった訳じゃない。人と会うためだよ。スタディウムを脱走した生徒と……」
「あと幼馴染ね」
イリノイが悪戯っぽい笑顔で僕を見る。
健吾が下を向いた。
「幼馴染って、もしかして空男の初恋の相手?」
「おい」
「えっ、やっぱりそうなの?」
「違う違う、そんなんじゃ」
「空男、いい加減素直になりなよ。悪い癖だよ。自分の気持ちを隠すのは」
「……分かってるよ」
「それで再会できたの?」
「いや、できなかった。なあ健吾、《鷲の母》って何だ?」
「……空男」
健吾の視線が鋭くなった。
時代に汚されていない、天然のブラウンの瞳。
「君の幼馴染が《鷲の母》と呼ばれていた。そういうことなのかい?」
「えっ」
「空男、答えてくれ。凄く大事なことなんだ」
「……答えてもいいけれど。その替わり、僕も知りたいことがある」
「いいよ、僕が答えられることなら」
「……《鷲》に行く方法を教えてくれ」




