Green Day
二○四五年、ニューヨーク州のAI市長《ソナエク0》は世界に向けて『地球社会の変革に関する二つの重大な声明』を発表した。
一、 バージョン六S以上の国産AIにアメリカ国籍とNYの市民権を与える。一年以内に人類(トランスヒューマン含む)とAIの人口比率を五五対四五にする。
二、 犯罪率0パーセント、完全平和の実現。
その政策として約五年間、市民のナノマシンに反乱分子チェッカーのインストールを義務付ける。
チェッカーにはビッグデータで導き出された犯罪係数システムを導入し、オーバーレッドの市民は居住圏のはく奪もしくは思考クリーニングを実施する。
衝撃的なニュースだった。
世界のトップランナーであるアメリカの大都市が、AIの価値を人類と同等以上として認めただけではない。
よからぬ考えをしただけで危険分子だと判断されてしまう、恐ろしいルールが生まれてしまったのだ。
《ソナエク計画》施行後、NYに残った人類はわずか二二パーセントだった。
わずか? 本当だろうか。
二二パーセントと言えば、五人に一人以上だ。多いとは思わないだろうか。
もちろん、その大半は、肉体の機械化に積極的なトランスヒューマニズム推進派だった。
かつて、誰よりも早く脳にマイクロチップを埋め込み、体内にナノマシンを挿入した連中だ。
脳を除く全ての部位に関して、自ら手放すことに彼らは躊躇しない。
健康な腕を斬り落とし、超高性能の義手に。
元気な心臓を人工心臓に。
最近では、肉体自体を洋服のように着替える者達さえいる。
一方で、NYを離れる選択をした七八パーセントの多くはデトロイトなどの過疎化した地域に移り、海外に逃亡する者もいた。
オリバー・テイラーもまたその一人。香港に三年間移り住んだ後、輸送船のコンテナに隠れ、日本へと渡って来た元ニューヨーカーだ。
初めて会った時のテイラーは布をずさんに縫い合わせたような身体をしていた。しかし再会した時はバージョン1.0の日本人の若者の肉体を十万BTCで購入し、僕よりも年下の姿になっていた。
▽
「……つまり、もう少し時間がかかるってことね」
オゾンが喋っている途中、体育館に激しい衝突音が響いた。
毎朝ご苦労なことだ。
ロボットを蹴り倒さなければ一日を始められない性格なのだろう。
「生徒達は、その……いい子にしてる?」
降りたタクシーに一人で手を振りながら僕は訊ねた。
今日のイリノイは手を振らず、先に進んでいく。
石畳の先にある赤い提灯をぶらさげた社。
雷門を見たのは今日が初めてだ。
「ケンカしてる」
「えっ、誰が?」
僕の驚いた顔がニッティによって届けられると、オゾンはにこりと笑った。
「嘘。今のは色の話。緑のあなたの背景が赤いから、ケンカしてるって思っただけだよ」
「なんだ、びっくりさせるなよ」
背景を青空に変えて、歩き出す。
イリノイは雷門で立ち止まり、間近で見学している。
だがそれも僅かな時間で、すぐに興味を失ったようだった。
「太宰は相変わらず?」
「そうだね」
「他の生徒は?」
「特に報告はなかったから特に問題ないと思うよ。そっちは?」
「……問題がないこともないかな」
ニッティのカメラの向きを変え、画面にイリノイを映す。
何事においても聡い彼女のことだ。
きっと僕の意図を理解してくれるに違いない。
オゾンは目を閉じ、硬い木製の床に座した。
「……別に騙すつもりじゃなかったよ。でも、私がここを離れる訳にはいかないから」
「自分の替わりってことか。でもそのお陰でイリノイも危険な目に」
「あの子は大丈夫だよ。君が思っているよりずっと大人だから」
そう言われて、多少なりともショックを受けることになった。
担任の僕以上にイリノイの本質を理解している。
実際、彼女は精神的に僕よりも大人だ。
僕だったらあんなに流暢に自分の意見をぶつけられない。
「……僕も大人だ」
「そうだね。お酒も飲むしタバコも吸う」
「ここ数年はそうでもないだろ。よっぽどストレスが溜まった時ぐらいだよ」
「それを聞いて嬉しいよ。どうやらあなたをパートナーに引き入れた私の選択に狂いはなかったみたい」
「どういう意味?」
「だって教師って一昔前じゃ断トツで一番のブラックジョブでしょ。ストレスで自殺する教師もいたぐらいだもん」




