the glass was broken
窓の外は宇宙空間のように闇一色に染まっていた。
「……先生」
そこに佇む一人の少女。
僕の姿が見えているのに、それを疑うかのような声だった。
「イリノイ……どうして?」
振り返り、教室に目を向ける。
ヘッドセットを被った生徒たちのホログラフィー。僕の視線から逃げようとするかのように透明化していく。
「……ちっ。こっちに来いよ、イリノイ」
ヒイチが立ち上がった。
「……あんたさ、何やってんの」
イリノイは窓の外から動かなかった。
棘付きの視線と問いをヒイチに投げる。
僕の方は見なかった。
「何……って分かるだろ。俺はお前達を汚い教師連中から」
「意味不明なんだけど」
「……何だと」
彼女は不機嫌そうに教室に入った。
割れ残ったガラスや外壁をすり抜ける。
やはり、本物のイリノイなのか。
人工知能で作ったダミーではなく。
「先生」
イリノイと目が合った。
その目には怒りの色が見て取れる。
といっても、僕個人に対してではないようだ。
「いくらムカつくからってさー、殴ろうとしたダメでしょ」
「……あ、ああ」
「全く」
彼女は膝を折って、姿勢を低くした。
まるで男子のように股を少し開いてしゃがみ、床のガラスの破片に手を伸ばす。
以前注意して直したはずなのに、いつの間にか戻っていた。
「不透明な小石。先生さ、これ私も入ってるんだよね」
僕にとって、最も恐れていた質問が最初に来た。
ここで嘘は付けないが、かといって正直に答えることも難しい。
自分のせいで、生徒を傷つけることになる。
どうする?
「空男、黙んなよ。さっさと答えてやれよ」
「お前は黙ってろ」
「別にいいよ。正直に言って」
彼女の指から落下した透明な物質。
小さな音を立てて、二つに砕ける。
「……悪かったよ」
ここで僕に残された選択肢は一つしかなかった。
自分の気持ちを白状する。
ただし、できるだけ。
教師という立場から外れないように。
▽
明治維新。
一八五三年、横浜に、アメリカの黒船四隻が来航してからわずか十五年後のことだ。
二百五十年以上続いた徳川は、自らの政治の権利を天皇へ奉還。
幼少の明治天皇を頂点として、薩摩(鹿児島)、長州(山口)を中心とした明治政府が誕生した。
そして文明開化。
一滴の雫が水面に広がるように。
ちょんまげ、帯刀、士農工商という身分制度は洋服、人権、四民平等に塗り替えられた。
別にそれは不幸なことじゃない。
時代情勢から考えても、開国は時間の問題だったと思う。
しかし、変化とは新しい何かを手に入れる替わりに、古い何かを捨てるということ。
一度、捨てた舐めかけのキャンディーは、もう二度と手に入らない。
こと文明の歴史において、バージョンダウンは存在しないのだ。
街にナノストアなんてなかった、当時。
バージョン2.0になるのに、注射針を刺さなければならなかった。
網膜とナノマシンが慣れ合うまで、保護グラスを付けなければならなかった。
それも抽選で選ばれた者だけだ。
僕は選ばれたかったし、クラスで一番に選ばれるのは僕に違いないと思っていた。
根拠なんてない。
でも、そう信じていたのだ。愚かにも。
あと一箇所で揃うビンゴゲーム。
選ばれたのは、僕の番号の隣の部屋だった。




