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「珍しい? いつもこれぐらいの時間だと思うけれど」
立ち上がり、遠ざかっていく。壇上に着替えが置いてあった。
「時間じゃなくて曜日のこと」
入口まで届く声量で彼女が言った。どうやら僕は返答を間違えたようだ。だが間違いだと気付いただけで、返すべき正解は不明。訊ねようと思ったが、力を入れなければ出ない声は極力出したくない。
僕はラインを踏まないように歩いた。わざとらしく俯いているのは彼女への気遣いのつもりだ。
「曜日のことって?」
その一言までかなり間が空いた。彼女はすでに着替えはじめている。
「だって先週の月曜日も青だったでしょ」
何だ、僕の服装の話か。ようやく理解した。
「偶然だよ。いつも気分で決めているから」
「でも、同じ曜日に同じ色を着るのは珍しいよ。しかも休み明けから」
僕は返答に困った。そう言われても、やはり同じ理由しか言えない。
衣擦れの音。ベルトのバックルを閉める音。
雨はやけに静かだった。
「やっぱり気にしてる?」
「気にしてるって何が」
「十四番君のこと」
その時、彼女が回りくどい言い方をしている理由が分かった気がした。
「保護者からの連絡が今朝来ていたわ」
「聞いてもいい?」
「あら。あなたの生徒じゃない」
「でも、まだ勤務時間外だから」
笑わせるつもりで言った訳じゃなかった。バードの感覚では当然だと思う。だって、それが現代人の最大公約の思考だ。
確かに、僕たちは今や数えるほどしかない拘束時間のある仕事に就いている。だからといって、現代常識に毒されず生きていけるほど僕は若くない。
押し殺した笑い交じりの「いいよ」があったので、顔を上げた。
「上司に言うジョークとしては上出来だね。ひと昔前なら、だけど」
「でも、オゾンは笑った」
「一周したんだよ」
着替えを済ませた彼女のスーツ姿は、何というかしゃんとしていた。
「一周すれば何もかもが面白い。一周していないものがなくなってからは特に」
「十四番も一周して帰って来るかもしれない」
無理に話題を戻そうとしたせいで、妙なことを言ってしまった。
オゾンが腕時計を見た。
「時間外手当は出ないよ」
「そりゃ残念」
差し出した層圏忠雄のメモを一瞥した彼女は、それを胸ポケットに入れた。
「私には関係のないこと。彼の自由にさせればいい」
「それが保護者からの連絡? それとも君のお父さんへの意見?」
「両方」
「直接言った方がいいよ。親子なんだし」
「……親切心のつもりかな」
「さあ。ただ何となくそうした方がいいと思っただけ」
「必要ないよ。会ってもあの人はお金の話しかしない」
「こっちから話題を振ればいいんだよ。せっかく凄く近くにいるんだし」
彼女は歩き出した。
「空男、子どもは好き?」
僕の提案はどこかへ言ってしまったようだった。
「うん……いや、どうだろう」
靴を履き、正面から校舎に入る。聞き飽きた質問に対する反射的な解答を一度打ち消し、改めて自答してみる。
「……どっちでもない、かな。君は?」
「私は嫌い。でも大人よりはマシ」
「賭け事をしないから?」
「私の言葉が伝わるから。いくらかは、だけどね」
妙に納得してしまった。




