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wenn wir uns zufallig treffen und finden, dann ist das schön,wenn nicht, dann ist auch das gut so.

(もしもお互い出会えたならそれはすばらしいことだ、もし出会えなくてもそれはしかたのないことだ)


『GESTALT GEBET(ゲシュタルトの祈り)』




 朝の支度は早い方だと思う。


 ハンガーラックに並ぶ、子どもの色鉛筆のようなシャツとズボン。

 着るものに無頓着な僕はその日の気分で青を選ぶ。六色の同じデザイン、同じブランド。いつもの肌ざわりは安心を生んでくれる。

 外見にわざと統一性を持たせるのは子ども受けがいいからだ。それは今の生活を維持するためには重要なこと、少なくとも僕にとってはそうだ。


 靴下、ブックカバー、ショルダーバッグに靴、カードキー用のホルダー。

 どうせなら血液の色も揃えたい。肌の色なら可能だが、それはしないことにしている。


 玄関にオートシャッターが降りる。

 無人のカプセル型個人タクシー。車道から濡れた子犬のように寄ってきた。視線を外し、金属棒とポリエステルで出来た傘を広げる。ロボットが嗅ぎ付けるのは人間ではなく金の匂いだ。客ではないと分かれば、あきらめは早い。そのくせ、毎日寄ってくるのだ。徒歩五分の距離に職場があると伝えてもそれは変わらない。

 言葉を理解できるくせに伝わらないのは、人工知能が未熟だからではない、有能過ぎるからだ。都合の悪い言葉を忘却し続けた先に、小さなビジネスチャンスが眠っている。累積された過去のデータがそう教えている。


「今日は青だねえ、先生」


 スタディウムの門の前に辿り着いた時、警備室の窓から声がかかった。社員証を翳し、ゲートが開く直前のことだった。

 よれよれのネックストラップ。名前は層圏忠雄(そうけんただお)。通称タダさん。僕の上司である層圏於孫(オゾン)の父親だ。


「仕事には慣れたかい?」


 僕はまたか、とうんざりした気分になった。

 彼が声を掛ける時はいつも決まっている。


「慣れたらとっくにここを追い出されますよ」

「おうおう。嫌味なことを言うなよ。先生」


 窓口から手を伸ばし、皺だらけのメモ帳を差し出す。

 机の上には染みの付いた帳簿数冊と赤鉛筆。

 ぼろぼろのヘッドセット。

 背もたれを寝かせ、独り言を叫んでいる時に被っているアレだ。


「また支払い制限掛けられちまったんだ。頼むよ」

「……まだ懲りないんですか」

「レースは俺の生き甲斐なんだよ」


 僕は同じ場所をぐるぐると回る馬たちの姿を想像した。


「全部で三枚。勝ったら一割分け前をやるからよ」

「オゾンに直接借りたらどうですか」

「ありゃ《Ich lebe mein Leben(私は私のために生きる)》だぜ」

「……親子ですから」

「フンッ、俺は娘ほどじゃねえよ」


 メモを泳がせる手。タダさんのしつこさは嫌いだが、人間らしいと思う。それは未熟だからだ。自分の欲求を押さえられない。投資すれば投資するほど儲からない賭けのシステムについて彼は熟知している。きっと僕以上に、十分すぎるほど。

 依存していると分かっていて離れないのはなぜだろうか。勝ち負け以外の何かがそこにあるとは思えない。

 とにかく彼にこれ以上付き合う気はなかった。差し出しているものを受け取る。


 向こう側から大きな音がした。

 体育館の方からだ。


「僕からオゾンに頼んでおきます」

「おっ、おい。それは」

「断られたら僕が貸しますから」


 会話を打ち切って、メモを手にスタディウムの門を通過する。

 雨にぬかるんだグラウンド。蛇行する。整備する者がいないため、深い水溜まりがあちこちにできていた。ドローンが飛んでいたら、興味深く僕の動きを見下ろすに違いない。


 さっきよりも激しい音がした。勝敗が決したのだろう。鉄製の扉は何かと大袈裟だ。


 屋根の下で傘を畳む。先端から垂れた水がアスファルトに染みを残していく。被害を最小限に抑えようと、さっさと傘立てに入れ、スリッパに履き替える。

 扉からわずかに光が漏れていた。

 その隙間を少し広げ、中に入る。

 

 人型ロボットが倒れていた。置き忘れた人形のように、と形容するのもおかしいが、そんな風に見えた。


 ラインテープの幾何学的な模様。

 雨雲を通過した少量の光が高窓から差し込み、床に映っている。


 左右対称の空間の中に層圏オゾンは溶け込んでいた。

 運動用のジャージ姿で、センターサークルラインの中心に座している。運動用VRグラスを首にかけ、呼吸を整えている所を見ると、感覚が戻るのを待っているようだ。

 入り口付近で声を掛るタイミングを見計らっていると、そのうち彼女の方が僕に気付いた。


「やあ、空男。月曜日から珍しいね」


 仕事前の彼女は寛闊なその声らしく、ゆるやかに微笑した。

 

 

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