the red one
そして、いつもの見慣れた風景がそこに現れた。
「……ヒイチ」
前列にイリノイ、オチクンと狩人。
二列目に、ヒョッコと眠り姫。
全員、ヘッドセットで旅行中の姿で、死んだように動かない。
そして三列目、太宰のホロの反対側で、彼が僕を見ていた。
「久しぶり。先生、二週間ぶり?」
両足を机に放り、後ろの席に両肘を置く。
彼はご機嫌のようだった。
「寝不足か?」
彼の心の状態を知るために、僕は質問した。
机の上にはナイフが置かれていた。
「えっ……ああ、これね。イケてない?」
まぶたを指で押し広げて、瞳の赤色を誇示する。
まるで染めた髪を自慢する思春期の少年だ。
「脱人間になったら瞳が青くなるものだって思ってたけれど、色を変えられるのか」
「当たり前じゃん。だってこれ、肉じゃないし」
彼はナイフを手に持ち、刃の部分を片目にあてがった。
「あっ、こら」
僕の声も、飛び出そうとしたアクションも彼には無意味だったようだ。
『アンダルシアの犬』
ルイス・ブニュエルとシュールレアリズムの画家ダリが制作した十七分間の映画。
その冒頭で、眼球が二つに切り裂かれるシーンがあった。
僕は反射的に目を反らしてしまう。
「先生、だからここはノーウォールだって」
軽い響きの声。
切り裂かれても彼の目は無事だった。
傷一つ付いていない。
「ったく、勘弁してくれよ」
「ねえ、ビビった?」
「ああ。ビビったビビった」
「うわっ、先生。ダセッ!」
ヒイチの笑い声と、僕の溜め息。
大人を小馬鹿にして、それが楽しくて仕方ないといったところか。
「じゃあさ。今度は先生がやってよ。俺、絶対ビビんないから」
「……その前に一つ頼まれてくれないか」
「いいよ、何?」
「イリノイ。僕と一緒に来たんだ。話をする前に彼女の無事を確かめたい」
「……イリノイ。ああ、いたね。あの腹黒女」
パチンと指を鳴らす。
黒い髪を恥骨まで伸ばした死神のようなものが現れた。
彼の人工知能を見るのは初めてだが、あまりいい趣味とは言えない。
「スタディウムのイリノイ。彼女を探せ。見つけたら、スタディウムと同じ環境設定を。こっちの世界なら簡単だろ」
「ガガ……リョウカイ、シマシタ」
古い無線機から聞こえるようなノイズ交じりの声。
ここが教室だったら、ホラー映画の話でもしてやりたいところだが。
「これでいいっしょ?」
「僕の要求は彼女との連絡だったんだけれど」
「……は? だから大丈夫にしたって言ってるだろ」
にやけた表情がその顔から消える。
スイッチが入ったのだろう。
僕を敵対視する鋭いその視線に多少、動揺した。
だが初めての事じゃない。
元々、彼はこういうやつだった。
「……俺が問題ないって言ってんの。いい? こっちの世界では俺の方が先輩なんだって」
オモチャの黒ひげ危機一発。
どの穴を差しても、怒りが飛び出しそうだ。
イリノイのことは心配だが、ここはひとまず彼のペースに合わせておくしかないか。
「分かった。ヒイチを信頼するよ」
「……イエーッ、さすがマイティーチャー」
彼の手からナイフが消える。
かと思うと、僕のいる教壇に瞬間移動した。
「根性見してよ、先生」




