Shape of my heart
『レオン』の主題歌『Shape of my heart』のピアノ演奏。談笑する声。鼻を刺激する香水の匂い。
目を開ける。シルク生地? 頭まで覆われているようだ。さりげなく布をずらし、外に顔を晒す。
目の前に、見知らぬ男の顔があった。
「気が付かれましたか?」
「うわっ!」
反射的にのけ反る。僕はソファの上にいた。男も驚いて、絨毯に膝を付いたまま、手に持ったグラスの水をこぼしそうになった。
「申し訳ありません。驚かせてしまったようで」
「いや……こちらこそ」
「こちらは初めてのようですが、ご気分はいかがですか?」
そう言われてみると、確かに頭がくらくらする。顔も熱く、脈が速いのが自分でも分かる。
まるで飲み過ぎた後のようだ。
「ありがとう。申し訳ないけれど、ここは?」
黒いリボンとスーツ姿の彼に尋ねる。おそらくここのレストランスタッフだろう。十以上のテーブルはどこも満席。テーブルクロスの上に所狭しと置かれた豪華な料理に似合う豪華な服装の男女たちが僕を見ている。そういえば僕もスーツを着ている。
黒いスーツだ。
「ここはプラチナ会員様専用のレストラン『スターシティ』でございます」
「ええと、イリノイという女性はどこに?」
「イリノイ様? 申し訳ありませんが、ご予約のお客様の中にそのようなお名前は」
宝石のように輝くシャンデリア。左手をかざす。手首に腕時計があった。時刻は十三時五十二分。
手の平の皺を見る。いつもの細さと短さの皺。
「失礼ですが、ここはもうノーウォールの中なんですよね」
「もちろんでございます」
「じゃあこの身体も本物じゃない?」
「物理的なものではない、という意味ではそうです。あっ、お客様。お連れ様が」
イリノイだと信じて振り向いた。
しかし、そこにいたのは黒いドレスに赤いハイヒール。セミロングの金髪を掻き上げて僕にほほ笑んでいる記憶にない顔。
かなりの美人であることは否定しないが、僕は彼女を知らない。それとも沢山の作品を通り過ぎてきたせいで、思い出せないだけなのか。
「あなたが神宮寺さん?」
言葉と唇の形が違った。即時通訳機能か。
「そうだけれど、あなたは?」
彼女は嬉しそうに頷いた。僕の言葉は英語に変換されているのだろう。
「鷲の母は珍しくご機嫌だったわ。きっと彼女にとってあなたはとても大切な一羽なのね」
「ごめん、鷲の母って?」
「知らないならいいわ。坊やからのメッセージは?」
「坊や……?」
「ヒイチ……あなたたちが十四番と呼んでいる彼のことよ。部屋を教えてもらったでしょう?」
リンクのことか。
「坊やが最後の逢瀬を願った相手が家族ではなく教師なんて。慕われているのね」
「ちょっと待って。僕は一人でここに来たわけじゃないんだ」
「そんなことは知らないわ。鷲の母の指示はあなたを見つけて、彼の部屋に入るパスワードを入力すること。それだけ」
「人工知能が臨機応変じゃないことはよく知ってる。でも待ってくれ。イリノイは過去に、ここで辛い目に遭っている。せめて彼女と連絡を取ってから」
彼女が手をかざした。
全身に電気のようなものが走り、動けなくなる。
「悪いけれど、私は指示通りのことを実行するだけ」
「……何を」
「坊やは間もなく鷲と一つになる。彼と話すチャンスは今しかないの」
僕の腕が自分の意思とは無関係に動いた。
どうやらこの女に操作されているようだ。
メッセージボックスを開き、ハノイの残したリンクを押す。
パスワードを求められ、女が言語とも取れない不思議な声を発すると、レストランが歪み始めた。
熱で溶けていくプラスティック素材のようだった。




