第1部ー4
女主人公視点に戻ります
久しぶりに、エドマンド義兄さまは、家に帰ってきた。
大方、愛人の所に泊まりに行っていたのだろう。
この世界では、貴族の息子は基本的に15歳で叙爵され、官職に就く。
そして、10代の内に上流貴族なら、最低でも婚約してしまい、大体18歳前後で結婚だ。
そして、未婚でも既婚でも愛人がいるのは、珍しくないどころか、当たり前の世界だ。
だから、エドマンド義兄さまに、愛人がいてもおかしくはない。
そうは言っても、やはり内々の限度はある。
ドミニク父さまとヘレナ母さまの再婚の経緯は、大醜聞になってしまった。
エドマンド義兄さまが、愛人に子どもまで産ませたら、イザベラ様という皇女の婚約者のいる身で何事という醜聞になりかねない。
私は、そんなことを思った。
ドミニク父さまとヘレナ母さまは、帝都近郊の別荘に半分お忍びで出掛けられている。
予定では、後5日程、帰ってこない。
「フローレンス、父さんと母さんは」
エドマンド義兄さまの問いかけに、私は答えた。
「帝都近郊の別荘に出かけたわ」
「いつ頃、帰るか、聞いていない」
私がエドマンド義兄さまをよく見ると、どうも落ち着いていない。
何やら隠し事のある臭いが、ぷんぷんする。
私は、意地悪をすることにした。
「何か隠していない」
私の問いかけに、エドマンド義兄さまは、
「そんなことはないよ」
と即答したが、私から目を気持ちそらした。
黒ね。
私は、そう判断した。
「明日、帰ると言ってた、と思うけど。お父様もお母さまも気紛れだから、延びるかもね」
私は平然と嘘を言った。
本当のことを話そうとしないエドマンド義兄さまには、これくらいの嘘は許されるだろう。
「そう、明日ね」
エドマンド義兄さまは、これ以上、私の傍にいると、嘘が暴かれると思ったのだろう。
それだけ言うと、私の傍から半分逃げて行った。
エドマンド義兄さまは帝国の官僚でもある。
翌朝、職場に行き、何か急な残業が入ったらしく、疲れて遅く帰ってきたが、帰って早々に私に尋ねた。
「父さんも母さんも、まだ、帰ってないの」
帰るものですか。
私から、夫婦水入らずをゆっくり楽しんでね、とわざわざ手紙を今朝、送ったのだ。
夕方、それなら後10日程、別荘にいる、と返事の手紙が来ている。
「何か急ぐことでも起きたの。私が別荘に行って、父さまや母さまに事情を説明しましょうか。お仕事が忙しいのでしょう」
私は背伸びした口調で言った。
エドマンド義兄さまは、明らかに狼狽した。
「いや、何でもない。何でもないよ」
慌てふためいた口調で言って、私の前を去ろうと一度はするが、エドマンド義兄さまは、思い直したらしく、私に向き直って尋ねた。
「もし、私が愛人を外から連れて来たら、どうする」
私はわざと笑った。
「お義兄さまの愛人でしょう。大事にしてあげるわ」
だが、私の目には笑うどころか、その愛人をいびり殺すと語らせた。
そう、私たちの家の侍女は皆、口には決して出さないが知っている。
自分がエドマンド義兄さまと関係を一度でも持ったら、私がいびり殺すということを。
私には大義名分がある。
従姉のイザベラ様を、結婚前に不幸にするわけには行かないでしょう。
こう言われては、正論だけに誰も(ヘレナ母さまさえ)反論できない。
エドマンド義兄さまは、私の目に当然、気づいたらしい。
「はは、冗談だよ。そんなに怖い目をしないでおくれ」
エドマンド義兄さまは、背中に汗をかきながら、私の前を去った。
エドマンド義兄さま、まさか、本当に愛人を妊娠させたとか、そんなことはしていないわよね。
私は、エドマンド義兄さまの背中を目で追いながら、そう語りかけた。
後で、私は思った。
せめて、両親の帰宅について本当のことを言えばよかったと。