幕間ーフローレンス
エドマンド義兄さまが、私の下を辞去した後、私とエドマンド義兄さまの面会に立ち会っていた私の腹心の修道尼(いわゆる帝都市民出身で私より2歳年上で修道尼としては先輩)は、私を軽く非難するような目で見ながら声を発した。
「エドマンド殿下を、傍から見て誘っておられるように見えてなりませんでしたが」
「失礼なことを言わないで、きちんと私は修道服に身を固めていたでしょう。私達の話の内容にも、そんなことが入っていたかしら」
私の軽口を交えた反論に、彼女は、
「最初の段階で、小首を傾げ、流し目でエドマンド殿下を見られたのは、弁解の余地が無いと思いますが」
と言った。
あれ、やっぱり気づかれていた。
私は内心で舌をチロリと出した。
「まあ、そう固いことを言わないでよ。久しぶりに義兄にして、従兄に会ったのだから、ちょっと悪戯をしたくなっただけよ」
私は弁解したが、彼女の目は冷たいままだ。
「フローレンス、次の面会でそのようなことをしたら、上司に報告しますからね」
「分かりました」
表向き、向こうの方が先輩で地位が上だ。
修道尼同士の間では、出身階層に関係なく、先輩後輩の関係が働く。
私の方から頭を下げざるを得ない。
私は、暗に今回は目をつぶると言ってくれた先輩に、素直に頭を下げた。
「それにしても、たかが帳簿、されど帳簿ですね。私は潰れた商家の娘ですが、私の家にこんな帳簿が、昔あったならば、と思いますよ。そして、とうとう、国家まで導入しようなんて。本当にあなたが考えついたのですか」
「もちろんです」
私は、先輩の言葉に胸を張りつつ、答えたが、内心では舌を出した。
前世の経営学の記憶が、この世界で役に立つとは思わなかった。
複式簿記を導入し、前世で学んだ経営学を実地に駆使して、収益を上げる。
この世界の修道会の在り方に、私は感謝した。
ちなみに先輩が、こう述懐するのは無理もない。
先輩の実家は、今や離散している。
先輩の実家は、一時は、国内どころか外国との交易にまで、手を出していたが、商船の難破や相場の見込み違いを重ねてしまい、先輩の父は資金調達にいつの間にか窮するようになり、借金で借金を返す破綻経営にいつか陥ってしまっていた。
商売仲間の言葉もあり、先輩の父は店を畳み、商売仲間の下で働くようになり、母は心労で病死、先輩の兄は別の商家で奉公、先輩自身は修道院に預けられるという悲運に遭っている。
先輩の実家の帳簿は、先輩の父が未だに持っていたので、それを私は複式簿記の威力を示すために、参考実例として使わせてもらった。
先輩の父は、私が書いた帳簿を見て、自分のしくじりに気が付いた。
「実際の収入と利益を混同していた。私の商売失敗は当然だった」
先輩の父は肩を落とし、先輩自身は私の腹心の味方になってくれた。
私が修道会の経営に乗り出すきっかけ等を、先輩は作ってくれたのだ。
「それにしても、エドマンド殿下を誘われたのは、妹のジェーンに関心を持たせるためですか」
あ、先輩に私の心の中が、ばれていた。
「ええ、生涯を神に捧げると誓って、修道会に入った私は、エドマンド義兄さまの横に寄り添えないから。代わりに妹のジェーンをエドマンド義兄さまの横に寄り添わせたいの」
私は、本音を半分だけ言った。
「そういうことですか。エドマンド殿下も不幸な結婚生活を送られていますしね。義妹のジェーン様を、第二夫人を娶られてもよいでしょう」
先輩は得心したが、私は残りの本音を心の中だけで言った。
私は、ローラさんを結果的に殺してしまったようなモノ、それなのに自分がエドマンド義兄さまの横に寄り添おうなんて、余りにもムシがよい話だと思うから。
私は心の中で、大粒の涙を流した。




