舞台袖、塔の中
姿も名前も声も心も。
僕が誰かと見た光景も。
僕を構成するもの全てはなくなってしまった。
誰も思い出してくれない、僕のことを。
「じわじわと死んでいく気分はどう?主様」
ハートの女王が何もない空間に向かって語りかけた。
世界は僕を望まない。
僕は死を望まない。
『 』が死んでしまった。
人間のせいだ。
ひどい。
これじゃあ『 』が僕を思い出してくれない………。
広い広い真っ暗な部屋で『僕』は膝を抱えてうずくまっていた。
いや、この表現はおかしいだろう。
僕の体はもうないのだから。
意識しか僕には残されていない。
かろうじてこの夜の幻想を保っている。
僕はどこにいるのだろう。僕は何をしているのだろう。
名前も声も姿も僕はなくしてしまった。
消えたく…………ない。
「くすくすくす………それは無理よ主様。だってあなたの創りあげたこの幻想は欠陥があるんですもの」
「あなたが創ったルールには欠陥があるんですもの」
歯車は欠落していた。
夏の夜空が僕を覆い隠す前に。
「ワタクシたちと一緒に滅びるしかないのよ」
でも…………。
僕は知っている。
「あーあ、人間というのは本当に愚かなのねえ」
人間は愚かだけど…嘘をつくけど。
どんな生きものよりも身勝手で厚かましくて馬鹿で醜悪だけれど。
僕は彼らを知っている。
彼らは僕を忘れてしまっているけど、僕は彼らと過ごした日々はこの意識の残骸に残ってる。
「いいえ違うわ主様。あなたを滅ぼすのが人間ですわ」
いいや、ちがう。
僕を救うのが人間だ。
「あの人間たちを滅ぼすのが主様ですわ」
違うよ、ハートの女王。
ルールに欠点なんてない。
歯車は確かに欠けているけれど、それだけじゃ彼らを立ち止まらせる壁にはならないよ。
きっと僕を思い出してくれる。
だって『 』は……。
「いいえ、あの幻想はまがい物ですわ。あれが機能するはずがない」
「主様も愚かなことだわ」
夏に現れた夢の街。神様の、いいや、僕が創造したおもちゃばこ。
いつかこの塔の扉が開いたら。
君たちは…………。




