追憶―魔法使いの死
世界を言葉で表すには言葉は足りなすぎる。
朝焼けに染まる澄んだ空も、群れを成す渡り鳥たちの行方も、人々の騒がしい声さえも。
何もかも言葉には足りない。
まだ私達は世界の真価を知らない。
でもそんな世界を私のおばあちゃんは楽しげに話してくれた。
生まれつき足が不自由なおばあちゃんは外で遊ぶことが滅多になかったせいで本ばかり読んでいたという。
おばあちゃんの語る物語はどれも私をその世界へ連れて行ってくれるようなものばかりだった。
両親は共働きで忙しく、広い家にはだいたい私と、おばあちゃんの二人しかいなかった。私は相当おばあちゃんっ子だったと思う。
私の中で、おばあちゃんは魔法使いだった。おばあちゃんの言葉は綺麗で眩しくて………語り終えてしまうのが耐え難く悲しい、そんな言葉だった。
でも。
私は…………………私のせいで。
あの日私が遊びになんて行かなければ。いつものように大人しく本を読んでいれば。
待って、おばあちゃん……………。そっちじゃないの。違う、そっちは。
誰も私を責めなかった。
静かになった家の台所のテーブルの上にはおばあちゃんが家を出る前に作ったであろうアップルパイがラップに包まれていた。すぐそばには『帰ってきたら食べてね』と小さく細い字で書かれたメモがあった。
視界がぼやけて頬に涙が伝う。動けなかった。両手を顔に当てて、声が枯れるまで泣いた。
なんでいらないものばかり手に入るの。本当に大切なものはこの両手からこぼれ落ちていくのに!!
死とは言葉を発さなくなること。
棺に入って花に埋もれて眠るおばあちゃんは物言わぬ人形のようだった。
もう何も語ってもらえない。何も教えてもらえない。
きっと私を恨んでいるんだ。そうでしょう?
お願いだから、…………………私を責めてよ。
アップルパイに毒でも入っていれば。私は贖罪できたのに。
魔法の使えない私は魔法使いの弟子にもなれない。もうりんごが食べられない私は白雪姫にもなれない。恋した王子様にも迎えにきてもらえない。
―梓音。大きくなったら私の大事な本をあげるからねぇ。おじいちゃんが昔くれたものなの。
―大事に、してくれるよねぇ?
その約束が果たされることはなかった。




