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ブリキの兵隊

 たゆたう海草。銀色にきらめく鱗。

 ぼこぼこと泡が視界を埋め尽くす。


 いきが、できない。


 小さい私の手は何かを必死に手繰り寄せて…………………それでも掴むのは泡だけ。

 苦しくて、でも優雅に泳ぐ大小さまざまな魚が綺麗でいつしか……………


 いきをするのもわすれてしまった。

 わたしにこきゅうはひつようない。

 たとえあさがこなくても……、

 わたしは、あなたがいたから、

 こわくないの。


 たとえ、ゆめものがたりでも。

 わたしはあのばしょへたどりついてみせる。




「力っていうのは危険なものもあるから無理に使おうとしなくて大丈夫だよ」

 先を歩く儚葉くんが気を遣ってくれている。私はというと未だに気恥ずかしくてますます歩幅が小さくなってしまって情けなくて…泣きそうだった。

 彼はそんな私が着いてきやすいように歩幅を合わせてくれている。

「危険って………?」

 若干上ずった声で問うと儚葉くんは少しだけこちらに視線を向けた。その表情はどこか辛そうだ。

「前にここに来たことがあるって言ったよね。あれ、一人じゃなかったんだ。幼馴染の子と一緒だったんだけど………その子の力はすごく、強いんだけど、危険で……」

 非常に言いづらそうに儚葉くんの声は小さくなっていく。そんなに危険なの?私には想像がつかない。彼の力も使いようによっては充分に強力だろうに。

「危険だけど、………すごく綺麗なんだよ」

 言葉を紡ぎだす彼はその幼馴染の人に想いを馳せているようだった。

 もしかしてその人はここにいるんじゃないだろうか。もしかしたら女王の言っていた「シュレディンガーの猫」は……。

「あっ、社さん。見て塔の真下。誰かいるね」

 私の思考は突然の彼の声にかき消された。

 ショッピングモールの裏手にまわりとりあえず私達は中心部の塔を目指していた。人のいない住宅街を進みやっと塔の真下が見えてきたところだ。幸いおもちゃと呼ばれるものたちに会わないで来ることができた。

 言われた通りヨーロッパ風の塔を見ると三人の人影が瞳に映る。

 一人はぽっちゃりとした体にスーツを着たひとであとの二人は私達同様制服だ。

「一人案内人がいるね。あの、丸い体の人はハンプティダンプティだよ」

 ハンプティダンプティにハートの女王………まるでマザーグースのようだった。


「おほーっ、揃ってきましたな!」

 奇声を上げて大きな体でくるくる回るのはハンプティダンプティ。大きなシルクハット、モノクロの仮面はずり落ちそうなのに落ちない。ステッキを振り回して興奮した様子だ。

「吾輩、感極まって泣きそうですぞ!」

 ちょっとウザめ。

「黙ってほしいんだけど…」

 私の心を代弁したのは椎谷梓音さん。肩より上で真っ直ぐに整えられた黒髪は艷やか。形のいい鼻も薄い唇も合わせてキツめの美人だ。

「あと二人はどこの辺にいるんだろうな」

 先は長そうだ、と息をついたのは向坂美波くん。私よりも頭一つ分以上ある男の子。細められた目は鋭そうだけど少し気だるげで少し長くて黒い前髪を邪魔そうに払ってる。整端な顔をしていてこちらも美形だ。

 二人ともこの世界についてなどの説明は受け終わってみんなを探していたらしい。目覚めたのが市街地の外れの公園だったらしくぬいぐるみなどに散々追いかけられたとか。

 それにしても、梓音さんと並んでいると絵になるなあと思いつい二人を交互に見てしまう。すると美波くんが迷惑そうに顔をしかめて「……なに」と低いつーんとした声で尋ねられた。

「ごっ、ごめんなさい…別に何も………っ」

 ちゃんと謝りたいのに声が出にくくてまたつっかえつっかえで話してしまう。それでまた恥ずかしくなってスカートの裾を握りながらうつむいた。

「元気を出して欲しいですなあ、はいどうぞ」

 ハンプティダンプティが指をぱちんっと鳴らすとその手には一輪の花が現れた。真っ赤のひらひらした花弁、ばら、だろうか。

「はい、そちらのお嬢さんにも」

 ふよふよと浮きながら腕組みしている梓音さんの前までくると同じような動作をしてばらを手渡す。

「…………これどうしろっていうのよ」

 苦い顔で花を受け取りまじまじと見つめる梓音さん。

 そんな彼女に背を向けハンプティダンプティは「吾輩、男に興味はないのであげませんぞ」と不思議な声音で告げた。

「いや、いらねえから」

 間髪入れずに美波くんはツッコんだが儚葉くんは目を見張り黙りこくっていた。どうしたんだろう、声をかけようとしたその時、高音の金管のファンファーレが鳴り響いた。

「見つかってしまったようですなあ」

 住宅街が広がる方向から建物より大きいブリキの兵隊たちがかくかくとした動きでこちらに近づいてくる!

「ああーっ、もうしつこい奴らね!さっきので諦めなさいよっ」

 兵隊たちは楽器や銃を持っていてそれを振り回しながら追いかけてくる。隊列が組めていないので狭い道は互いにぶつかり合い転んだりしているので進みが遅いことが救いだ。普通はあんな体の大きいものたちに追いかけられたらひとたまりもないだろう。

 ……………あれ?なにかおかしくないか?

「どっ、どうするの!?」

「どこに逃げてもあの図体じゃすぐ追いつかれるんじゃないか?」

「じゃあ隠れるしかないじゃない、この塔は!?」

「さっき確かめたが入れなかった。それに壊される危険もあるんじゃないか?」

 梓音さんと美波くんが早口で会話している。儚葉くんはじっと兵隊のほうを見つめている。

 疑問を投げかけようと小さい私の声は彼の名を呼んだ。

「儚葉くん…」

 でも反応がない。

 悠長にしている時間はない。刻一刻とやつらはこちらへ不格好な行進をしていた。

「ねえってば!」

 だらしなく垂れたその手を引っ張ると彼ははっと我に返り私の顔を見た。

「どうしたの」

「おかしいと思うの。あの兵隊たち建物にぶつかったりしてるけど建物が傷ついてる様子がない」

 それは些細なことだった。

 兵隊は無我夢中で仲間にぶつかりながら我先にとこちらに直進している。大きい彼らには住宅地の道路は狭すぎる。ぶつかって崩れたりするはずの家々は変なことに傷一つついていなかったのだ。

 それはつまり。

「どこかに隠れてやり過ごせるね」

「でもこの塔は入れなかったぞ」

「ここに来る途中に家に入ろうと思ったけど扉は開かなかったわ」

 梓音さんと美波くんが交互に情報を伝える。ハンプティダンプティは黙ったまま余裕の笑みを浮かべている。

「ここに来るまでに学校がなかった?僕が一年前にこの世界にいた時はあったはずなんだけど」

 儚葉くんの問に二人は顔を見合わせ声を揃えて言った。

「あった」

 案内する、と言う美波くんを先頭に私達は駆け出した。

 ふ、と振り返るとハンプティダンプティはふわふわ浮いたまま私達に付いてくることはなかった。

 ただその奇妙な笑みがこれからの受難を彷彿させたのだった。

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