第二話:「ゴトン」は何回続く?
前回の「ゴトン」の謎に、チヅルが真っ向から挑みます!
地道な作業の先に待つのは、大発見か、それとも思わぬ展開か?
冒険の扉が開く瞬間を、ぜひ見届けてくださいね。
マーレン西方の古代神殿跡廃墟。
苔むした白亜の巨石が転がる地上部で、チヅルが偶然に躓いた石板。そこに刻まれていた精緻な術式に、銀髪の美女レヴィリアが魔力を流し込むと、近くの瓦礫の下から「ゴトン」という重い音が響いた。
その古い仕掛けが外れるような音は、静寂に包まれた昼下がりの廃墟に、新たな冒険の幕開けを告げる合図のように響き渡った。
「今の音、何!?」
ユイが腰の白綱に手を添えたまま周囲を警戒する。ラズベルもピンクの三角頭巾を揺らし、驚いたように音のした方角を見た。
だが、チヅルだけは全く違った。転びそうになったことなどすっかり忘れ、ワインレッドの大きな瞳をキラキラと輝かせている。なめし皮製の軽装セットに身を包んだ小柄な体を弾ませ、音がした瓦礫の方へと駆け寄った。
「見て! ここにも術式が刻んである石板があるよ!」
チヅルが指差した先には、先ほどレヴィリアが起動させたものとよく似た、円陣と古代文字が組み合わされた複雑な術式が、石板の表面に微かに浮かび上がっていた。
「今度はあたしがやってみるよ!」
チヅルが床石に手をかざし、魔力を慎重に注ぎ始める。薄紫の猫耳がぴくりと揺れ、ワインレッドの瞳が真剣に術式を見つめる。
指先から注がれた魔力が、乾いた砂に水が染み込むように術式の溝を這い、幾何学的な紋様を青白い光で鮮やかに描き出していく。
外套に身を包むレヴィリアが、それを見て上品に微笑む。
「なかなか上手ね」
彼女がそう褒めた直後。
今度は、少し離れた崩落した回廊の奥から、重々しく「ゴトン!」という音が響いた。
「今度はこっちで音がしたね!」
チヅルは嬉々として立ち上がり、次の音源へと向かって駆け出した。
それは、まるで古代の神が遺した壮大な宝探しのようだった。一つ術式に魔力を注ぎ込めば、また別の場所で古い枷が外れるような音が響き、苔むした石板に新たな術式が青白く浮かび上がる。チヅルは廃墟の広場をあっちへこっちへと走り回り、見つけては魔力を注ぐという作業を繰り返した。
***
それから、どれくらいの時間が経っただろうか。
陽光が少しずつ西へと傾き、廃墟の影が長く伸び始める頃。
「これで、27回目だわ」
白いブラウスにワンピース姿のラズベルが、どこか呆れと、そして少しの楽しさが混じった声でカウントした。彼女はすでに腰掛けるのにちょうどいい平らな岩に腰を下ろし、行ったり来たりするチヅルを温かく見守っている。
「おい、チヅル。これいつまで続くんだよ?」
セーラー服の上にミスリル合金製の軽鎧を纏ったユイが、額に手を当て、心底うんざりしたようにため息をついた。最初は警戒していた彼女も、さすがにこれだけ同じことが続けば緊張の糸も切れるというものだ。
「知らないよー! もう、どうなってるのこれ!」
チヅルは半ばヤケになったように声を荒げて愚痴をこぼすが、決して匙を投げたわけではない。そのワインレッドの瞳の奥には、未知のギミックを何としてでも解き明かしてやるという意地と執念の火が、静かにくすぶり続けていた。
術式展開型の魔法と同様、連続して魔力を注ぎ続けることは術者の精神と体力を確実に削っていく。チヅルの額にはじっとりと汗が滲み、呼吸も荒くなっていた。それでも彼女は、震えそうになる指先を叱咤しながら、次の石板へと向かっていく。
そんなチヅルを、レヴィリアは終始にこやかに見つめていた。透き通るような白い肌と銀色の長い髪が、廃墟の陰影の中で妖艶な存在感を放っている。
「うふふ、さぁ、チヅル。どうする?」
余裕たっぷりの大人の色香を漂わせながら、レヴィリアは煽るような響きでチヅルに問いかけた。
「やる! ここまでやったんだ、最後までやってやる!」
チヅルの負けず嫌いな一面と、鋼のメンタルがここにきて火を吹いた。彼女は両頬をパンッと叩いて気合を入れ直すと、再び新たな術式が浮かび上がった床石へと魔力を注ぎ込んだ。
「次で、59回目だね」
ラズベルがまたしても冷静に告げた。
チヅルが五十九個目の術式に魔力を流し込む。青白い光が石板を満たし、ふっと消える。
――しかし、今度はいつものような「ゴトン」という音が、どこからも聞こえてこなかった。
「あれ? 魔力が足りなかったのかな?」
チヅルがそう呟いた、その瞬間だった。
ガゴォォォォォン……!
地底の奥深くから、巨大な歯車が噛み合うような重低音が響き渡り、廃墟全体を大きく震わせた。
そして、チヅルたちが立っていた足元の床全体が低い唸り声を上げ、微細な振動を始めたのだ。石畳の隙間から、これまで注ぎ込んできた膨大な魔力が青白い光となって滲み出る。
「わわわ、どうなっているのー!?」
ラズベルが慌ててよろめき、バランスを取ろうと腕を回す。
「どうなってんだ、これ! 少しずつ沈んでんじゃねぇか!」
ユイが叫ぶ通り、チヅルが立つブロックを中心として円形状に石畳が切り取られ、ゆっくりと地中へと沈み込んでいく。
五十九回の術式解除は、この巨大な昇降ギミックを起動するための鍵だったのだ。
チヅルは連続した魔力消費による疲労がどっと押し寄せ、その場にへたり込んだ。動く床の上で、ただぼーっと座り込んでその様子を呆然と見つめることしかできない。
一方のレヴィリアは、沈みゆく床の上でも終始にこやかな笑みを絶やさず、体幹のブレを一切感じさせない優雅な姿勢で立っていた。
***
円筒状の空間が徐々に形成され、側面部の石畳は一定の間隔と深さで固定されていく。それはやがてなだらかな螺旋階段となっていく。内縁部の石畳は、凡そ五エムの深さで重々しい音を立てて完全に停止した。いつの間にか地上の生暖かい風は届かなくなり、代わりに長い年月を経た地下特有のひんやりと乾いた空気が、チヅルたちの肌を撫でていた。
そして、その螺旋階段の途中の壁面に設けられた四角い窪みに、いくつかの物品が安置されているのが見えた。
「これは……」
チヅルは重い体を起こし、仲間たちと共に窪みに置かれたものへと近づいた。窪みは全部で五つあり、それぞれに古めかしいアイテムが置かれていた。
まず一つ目の窪み。ユイがそこにあった革袋を取り出し、中身を覗き込んで目を見張った。
少しズシリとするその中には、鈍い光を放つ金貨が数十枚。どれも現在のカルディアス大陸では流通していない、大金貨ほどの大きさで、異様な重量感と威圧感を放っている。
「マジかよ……これ、とんでもないお宝じゃん!?」
ユイの茶色い瞳が、金貨の鈍い輝きを反射してキラキラと輝く。
二つ目の窪みには、ラズベルが駆け寄った。
長方形の木箱。古びた木肌には『エイスラルヴァステーゼ2』と、流麗な筆致で古語らしき文字が刻まれている。中には、くるくると丸められた羊皮紙が数枚。広げてみれば、理解不能な古代語がぎっしりと書き込まれていた。
「うわぁ、古文書だわ! 解読できたら、すごいんじゃないかしら!?」
歴史的価値を感じ取ったのか、ラズベルが古文書を愛おしそうに見つめながら、興奮気味に声を弾ませる。
三つ目の窪みを覗き込んだチヅルが、ほうっと酔いしれたようなため息を漏らす。
小さな石の標本箱。色とりどりの美しい結晶石や、精錬された金属のインゴットが整然と並べられた標本箱のようだ。
「きれい……!」
チヅルは結晶石の放つ神秘的な光に魅入られ、魔装チョーカーにそっと触れた。
四つ目の窪みの前には、レヴィリアが優雅に歩み寄っていた。
三本の瓶。中には琥珀色や深紅色の液体が揺れており、瓶の首から吊るされた黒ずんだ真鍮製のタグには、見慣れない文字で『酒』を意味するとおぼしき象形文字が刻まれている。
「うふふ、これは年代物のお酒かしら?」
レヴィリアは上品に微笑み、その瓶のフォルムを指先でなぞった。
そして最後、五つ目の窪み。
そこにあったのは、精巧な細工が施された木箱だった。チヅルがそっと蓋を開けると、そこには五号サイズの羊皮紙が二十一枚、収められていた。
チヅルは一番上にあった羊皮紙を手に取り、そこに流麗な文字で書かれた文章を声に出して読み上げた。
「我が愛しきリディアへ……貴女の瞳は翡翠の如く、夜空に輝く双子星……」
そこまで読んだ瞬間、チヅルの薄紫の猫耳がピンと跳ね上がり、顔がカァァッと真っ赤に染まった。
「うわあああああ! これ、読んでて恥ずかしくなるような恋文じゃないか!」
チヅルは手にした羊皮紙を慌てて木箱に戻し、両手で顔を覆ってしゃがみ込んだ。ユイとラズベルがその様子を見て大爆笑し、レヴィリアも肩を揺らして「あらあら」と上品に笑い声を立てた。
***
「と、とりあえず、これは戦利品として持ち帰って、ギルドのマリアさんに鑑定してもらおうよ!」
気を取り直したチヅルが、まだ少し赤い顔で提案する。
「まぁ、金貨はすげー価値があるんじゃないか? それにしてもチヅル、お前ホントにタダでは起きないよな。あたしにとっては、それが最大のミステリーだわ」
「ふっふーん」
チヅルは薄紫の猫耳をピンと立てて胸を張り、これ見よがしに誇らしげな笑顔を見せた。
そんなチヅルを見るユイの目には、チヅルに対する素直な敬意が浮かんでいた。転びそうになったことがきっかけで、これだけの遺物を発見してしまったのだ。彼女の引き寄せる幸運は、もはや偶然の域を完全に超えている。
「そろそろ地上に戻ろう。御者さんも、到着する頃だし」
「そうね。アイテムはあたしのバッグに入れておくわ」
ラズベルが五つの戦利品をマジックバックパックに丁寧に収納する。
四人は壁面に沿って設けられた螺旋階段を昇り、心地よい風が吹き抜ける地上の廃墟へと戻った。
神殿跡の外へ出ると、ちょうどマーレンから手配されていた夕刻の馬車が、砂煙を上げて到着したところだった。
西の空はすでに燃えるような茜色に染まり、翡翠月の涼やかな夕風が、謎を解き明かした興奮を冷ますようにチヅルたちの頬を撫でていく。
「さあ、帰ろうか。あたしたちの街へ」
チヅルの元気な号令と共に、四人は馬車へと乗り込む。
新たな仲間、そして謎めいた古の戦利品と共に、チヅル一行を乗せた馬車は、長く伸びた影を引き連れて、沈みゆく夕日に向かってゆっくりと走り出した。
「ゴトン」の連続、そしてついに起動した巨大なギミック!
地下で見つけた遺物の数々が、これからどう動いていくのか、次回の展開にご期待ください!
読んでいただき、ありがとうございました!




