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第一話:三食昼寝付きの優良物件、いかがですか?

レイド明けの廃墟で、チヅルが出会ったのは謎めいた美女。

あっという間に懐柔する彼女の手腕は必見です。

そして食後の探索で見つけた不思議な術式。魔力を注いだ先に、一体何が待っているのでしょうか?

 マーレンの西方に位置する、古代神殿跡の廃墟。

 かつての栄華を思わせる白亜の巨石は苔むし、崩落した回廊が複雑に入り組むこの地は、いつしか魔物たちの忌まわしき巣窟となっていた。


 第633環、翡翠月ひすいづき。新緑が息吹くこの穏やかな季節に、冒険者ギルドが主導する大規模なレイド戦が実施された。週二巡目の風律ふうりつから空律くうりつにかけての四日間、この廃墟は血と魔力が入り交じる激しい戦場となった。


 風律の初明けの鐘の1刻前、Cランク二組、Dランク八組で編成された討伐部隊は本格的な作戦行動を開始した。連携と各々の実力を遺憾なく発揮し、空律の宵闇の鐘が鳴る半刻前には、目標であったゴブリンジェネラル一体、ホブゴブリン十二体、そしてゴブリン三十三体の殲滅を完了させた。

 チヅル・ルナデウス率いるDランクパーティーも、その一翼をしっかりと担い、確かな戦果を上げていた。


 そして週三巡目、光律の陽1よういっこく

 無事に任務を終えた冒険者たちをマーレンへと送り届ける帰路の馬車が手配されていたが、便の都合で人員が分かれることになった。

 負傷者や疲労困憊の者たちを優先し、物資に余裕のあったチヅルたちは「あたしたちは火律かりつの夕刻の便でゆっくり帰るよ」と、ためらうことなく別のDランクパーティーに朝一番の席を譲ったのだ。


***


 そうして迎えた、週三巡目の火律。

 遠くマーレンの街の方角から、陽7刻を知らせる天頂の鐘の音がかすかに風に乗って届く頃。


 崩れた神殿の外壁に寄り添うように、チヅルたちは昼食の準備をしていた。

 陽光が降り注ぐ中、苔むした瓦礫は、まるで宝石のように瑞々しい緑色に輝いている。

 ひんやりとした涼風が、朽ちた回廊の隙間を吹き抜け、どこか不穏な口笛のような音を奏でていた。


 なめし皮製の軽装セットに身を包んだチヅルは、少し凝り固まった肩をほぐすように軽く回した。革鎧の上から羽織った白いマンダリンカラーのノースリーブシャツが風に揺れ、首元の魔装チョーカーが鈍い光を放っている。戦いを終えた疲労感はあったが、それを上回る達成感と安堵感が、彼女のワインレッドの瞳を和やかに細めさせていた。


 白地で紺色襟のセーラー服の上に、ミスリル合金製の軽鎧を纏ったユイ。

 白いブラウスの下にミスリル合金製のスケイルアーマーを着込み、ワンピースとピンクの三角頭巾という出立ちで、手際よく食事の支度をするラズベル。


 三人の周囲には、チヅルが廃墟の四隅に術式を刻んで設置した石が微かな魔力を放ち、安全な野営地を確保している。


 ふと、ユイの視線がピタリと止まった。

 何かを察知した彼女の右手が、警戒を露わにして腰に帯びた白綱しらつなの柄へと伸びる。ラズベルも胸元に手を当て、不安げに石壁の奥を見つめた。

 そんな張り詰めた空気の中、チヅルだけが落ち着き払って木の器を両手で包み込むように持ち、湯気の立つ温かいスープをすすっている。


「……誰だ」


 ユイの低く鋭い声が廃墟に響く。だが、その緊迫した空気を完全に無視するように、「ズズッ、ちゅるる」とスープをすするのんきな音がすぐ隣から聞こえ、ユイは思わず鋭く突っ込んだ。


「お前、この緊張のシーンで、よく平気でスープをすすってられるなぁ!」


「え、だって、まるで敵意を感じないし、大丈夫だよ」


 チヅルはこともなげに言い、また一口スープをすする。


「んー、スープ、おいしい」


 石壁の奥から、クスクスと、鈴を転がすような笑い声が聞こえてきた。

 足音一つ立てず、影の中からゆっくりと背の高い銀髪の女性が姿を現す。すらりとした手足に、しなやかな体つき。長い銀髪は陽光を受けてきらめき、周囲の空気を甘く塗り替えるようなその妖艶な美貌は、思わず息をのむほどだった。

 身に纏うのは、銀の刺繍が夜の闇に煌めくような黒紫の装束。さらに紫の文様をあしらったフード付きの外套を重ね、切れ長の瞳を昏く細めた。


「わぁ、すごくきれいな人……!」


 ラズベルが思わず感嘆の声を漏らした。


「うふふ、ごめんなさい。昼食の邪魔をしてしまったかしら」


 女性は優雅な足取りで近づきながら、面白そうに三人を品定めするように見た。


「それにしても、黒髪のお嬢さんにくらべ、そちらの獣人のお嬢さんは、随分とおちついていますわね」


「お姉さんもお腹空いてるなら、一緒にどう? ラズベルちゃんのスープは最高においしいよ!」


 チヅルはスープの器を抱えたまま、いつもの人懐っこい笑顔を向けた。


「あなた、面白い子ね。それじゃぁ、お言葉に甘えようかしら」


 女性は優雅な所作で、自然にチヅルの隣へと腰を下ろした。


「直ぐに用意するから、少し待ってくださいね。ユイちゃんも怖い顔しないで、座りなさいな」


 ラズベルに促され、ユイは警戒を解かないまま、チヅルの向かいに腰を下ろす。視線は女性から片時も離さない。


「あたしはチヅル、そしてスープをよそってくれてるのが、ラズベルちゃん、そしてこっちの子が、ユイちゃん。あたしたちは3人で冒険者パーティーを組んでて、先日行われたレイド戦を終えて、帰りの馬車を待ってるところ」


「私はレヴィリア。ソロで気ままな冒険者をやってて、この辺りで激しい戦闘を感じたから、様子を見に来たってところかしら」


 和やかな空気が流れ始める中、チヅルの直感が目の前の美女から微かな「異質さ」を捉えていた。しかし彼女はそれを気に留める風でもなく、さらりと、まるで天気の話題でも振るかのように言い放った。


「へー、なるほどー。魔界の住人にとっては、興味を引かれる出来事だったのかな」


「えっ!?」

「えっ……!?」


 ユイとラズベルの驚愕の声が重なる。

 ユイは反射的に白綱の柄に手をかけた。


 レヴィリアは一瞬その妖艶な紫の瞳を鋭く光らせるが、すぐにこやかな笑顔に戻る。


「あら……。隠していたつもりだったけれど、こんなに早く見破られるとはね。まだ誰にも見破られたことなかったのに、あなた、すごいわね」


「んー、あたしもびっくりしてるんだよ? 魔族の冒険者なんて聞いたことないし。でもね、あたしは多様性を重んじるの。どんな種族でも、人に害をなすことなく探求心を持って事をなす人は、誰だって冒険者になれるんだ」


 チヅルの迷いのない真っ直ぐな言葉を受けて、ユイとラズベルはゆっくりと警戒を解き、再び腰を下ろす。


「あなた、本当に面白いわ。チヅルと呼んでいいかしら?」


「じゃぁ、あたしは、レヴィ姉って呼んでいい? ラズベルちゃんはお母さん枠だし、ユイちゃんは相棒みたいな感じだったから、あたし、おねーちゃんに憧れてたんだよね!」


「うふふ…あはは……チヅル、よくってよ。じゃぁ、今日からあなたのおねーさんになってあげるわ」


 ラズベルはクスクスと笑い、ユイは「こいつ、また変なこと言って……」と呆れた顔で頭を抱える。

 完全に打ち解けた空気の中、ラズベルから渡されたスープを、レヴィリアが一口すする。


「っ!? おいしいわ……!」


 レヴィリアの紫の瞳が驚きに見開かれる。


「よかったら、おかわりもまだあるので、いってくださいね、レヴィリアさん」


「ところで、この辺りの四隅に術式を刻んだ石があったけど、あれ、チヅルが刻んだの?」


 不意に尋ねられ、チヅルは頬いっぱいにベリーパイを頬張りながら答える。


「ん? うん」


「なかなか、見事な結界ね」


 レヴィリアが感心したように言うと、ユイが誇らしげに口を挟んだ。


「チヅルの結界があるから、ある程度安心して野営を設置できるんだ。うちのリーダーのすごい所だな」


「え、ユイちゃん急にどうしたの? おべっか使っても、このベリーパイはあたしのものよ!」


 チヅルがニヤニヤしながらベリーパイを頬張る。


「いらねーよ!」


 そのやり取りを見てレヴィリアはクスクスと笑い、ラズベルは呆れたように両手を上げている。神殿の廃墟には、種族の壁を越えた温かな笑い声が響いていた。


***


「さて、昼食も終わったし、夕刻の馬車まではまだ時間あるし、周りを探索してみよっかな」


 チヅルが立ち上がりながら、ふと視線を向ける。


「レヴィ姉は、これからどうするの? 行く当てとかあるの?」


「気ままな冒険者には、とくに行く当てもないわね。とりあえずは、このまま西に向かうわ」


 チヅルはレヴィリアの前に出て顔を覗き込む。


「じゃぁさ、あたしたちと一緒にマーレンに来ない? 今なら3食昼寝付きの優良物件があるよ!」


「何言ってんだ、こいつ……!」


 ユイが「信じられない」といった様子で頭を抱える。

「3食昼寝付きってなんだよ。ショーワのセンギョウシュフかっつうの!」


 チヅル・ラズベル・レヴィリアの三人がプッと吹き出して笑う。


「いいの? 夜中に襲っちゃうかもよ?」


 レヴィリアが妖艶に微笑みかけると、チヅルは全く悪意なく即答した。


「レヴィ姉なら、別にいいよ」


 ラズベルは顔を真っ赤に。


「おま、ばか! 何言ってんだ!」


 ユイが真っ赤になってチヅルに掴みかかる。レヴィリアは一拍呆けてから、クスクスと笑い、


「冗談よ」


 と言ってチヅルの頭を優しく撫でた。


「よし、じゃぁ、食後の運動で回りを探索してみますか!」


 チヅルが元気よく歩き出し、三歩ほど歩いたところで。


「おわっ」


 何もない地面で躓きそうになった。


「チヅル、今、転びそうになった?」


 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべたユイが、ここぞとばかりに茶化してくる。


「なってない。……あれ? ただの段差じゃなくて、この床の石板、何か複雑な術式が刻んであるんだよね。これに足が引っかかったみたい」


 チヅルの足元を見たレヴィリアが、その術式に目を留めた。

 彼女はゆっくりと屈み込み、右手を石板にかざして魔力を流し込む。

 すると、石板に刻まれた術式が淡い青白い光を放ち始め、周囲の苔むした床が微かに共鳴した。


 近くの瓦礫の下深くから、「ゴトン」と、古い仕掛けの重い留め具が外れるような音が地を震わせた。


新キャラ・レヴィリア登場、そして謎の仕掛けの「ゴトン」という音の正体は……?

次回、チヅルがどんな行動に出るのか、ぜひお楽しみに!

今回も読んでくださり、ありがとうございました!

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