7
***
暗闇の中に、一本の松明が浮かぶ。その光に浮かび上がるのは黒髪に燃えるように赤い瞳。この国の主人公、オースティン・バレンティアであった。息を荒げながらエリオット達のいるところへとものすごい勢いで走ってきた。その勢いに押されたのか、ボスもエリオットからスッと離れ、オースティンに道を譲った。
「リゼリア!エリオット!大丈夫か?!」
「リゼ…リゼ…」
エリオットはオースティンが来たというのに兄の方を見向きもせずリゼリアを抱く力を決して弱めない。リゼリアは抱きしめるエリオットに応えることなく腕が風にまかせて揺れていた。オースティンは、ボスを親の仇とも言わんばかりに睨みつけた後、屍のように動かなくなってしまったリゼリアに恐る恐る触れた。いつも堂々としているオースティンがいつになく戸惑っている。手首に触れ、弱々しくはあるものの確かに繋がっている脈に密かに安堵の息をもらした。
エリオットが、歯をガタガタ振るわせながらオースティンの方に目だけを向けた。
「リゼリアは…生きてるよな?」
オースティンは、大きなため息をついて頭を大きく抱えるそぶりをした。啜る泣く音を出しながらも、隠した口元では密かに弧を描いている。
「ま、まさか…!いやだ!うそだ!リゼリアは死んでない…!」
「落ち着け!エリオット!リゼリア嬢の遺体は私が運ぶ!お前は逃げろ!」
オースティンの主人公らしいセリフが飛んだ時、乱れていたエリオットの心がようやく落ち着いた。先ほどから少し気づいていた違和感。周りを落ち着いて見渡して、そして、一言。
「おい、オースティン…お前か?」
重く低い声が地響きのように練習場に響いた後、リゼリアに触れていたオースティンを勢いよく蹴り飛ばした。
「なぜあの男がお前を殺そうとしない?!」
先ほどまで赤ん坊のようにボロボロと泣き喚いていた男とは別人のように、オースティン達も一瞬気圧されるほどの剣幕でゆっくりと立ち上がった。赤ん坊のように首がすわらないリゼリアの頭を左手で胸にしっかりと抱き寄せ、剣を彼等の方に向けた。
「オースティン!お前!どういうつもりだ!」
その言葉と同時に、オースティンの口端は片方だけ上がっていた。唇を噛みながら小さくくすくすと笑った。ワックスで一本のハネ毛まで固めた髪を無造作に崩して口を開く。
「あー。ばれた?」
「僕だけじゃなく、リゼまで…。僕は皇位継承権なんていらないんだよ!だから王族会議だって欠席した!僕は、リゼと暮らせれば、それだけでよかったのに…!どうし…」
「リゼが選ぶのは僕なんだよ!結婚?!そんなもの!所詮は紙切れ1枚の約束だ!彼女に見合う男は、‘主人公’の僕しかいないんだよ!それしか許されない!」
「何を言ってるんだよ!リゼに振られて、正気を失ったのか?!」
オースティンはまるで、リエリアは自分のもので自分のもとに帰ってきて当然のものとして考えていた。生まれてこの方、出来の悪い双子の弟と比べられ賞賛されてきたが故の、絶対的な勝利への確信。その狂いっぷりに、エリオットも口を開けることしかできない。
「よし!じゃあリゼは私が連れていくから、早くアレを始末しといてくれ!」
「かしこまりました。…追加料金の方をいただきますが」
「仕事に見合った報酬は出す…だが私の命令以外のことはするな!さっきも、リゼに血を吐かせるなんて!減給だぞ!」
「…かしこまりました」
返事と同時に、ボスは素早くリゼを抱えている側の首周りに剣で切り込み、バランスを崩させたうちにオースティンの方へとリゼリアを渡した。
「リゼ!リゼ!」
「ポンコツ王子に彼女は似合わない!諦めてくれ弟よ!リゼリアは私のものだ!おい!殺し屋!お前は始末が終わったらすぐ城から出ろ!」
「…かしこまりました」
ボスの剣が再びエリオットに向けられる。流石熟練の殺し屋というべきか。エリオットはなす術もないまま、ただただ押され続けていき、リゼリアをどこかへと連れ去るオースティンのことも追えず、空に向かって叫んだ。
「リゼーー!」




