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「ふわぁ〜。リゼぇ?こんな夜中にどぉした?虫でもいたのかぁ?」
リゼリアに剣が、今まさに届きそうだったその時、間抜けな声の、間抜けな王子がゆっくりと体を起こした。目の前で自分を殺そうとしている暗殺者達が仲間割れして、戦っていることなどつゆ知らず、大きく伸びをした。
(今しかない!逃げなきゃ!)
エリオットに気を取られたボスの刃が一瞬止まる。その隙にリゼリアは、エリオットを抱えてすぐさま寝室の窓から飛び出した。
先ほどまで目をシパシパさせていたエリオットも流石に風圧の強さで気づいたらしい。自分の置かれている状況がさっぱりわかっていないようだった。
「んぇ?!なんで、リゼが僕を抱えれてるんだ?!というか、部屋から落ちてるのか?僕たち」
「えぇ。そうよ」
「リゼ…?僕の部屋は3階だったような気がするんだけど」
「あそこの木に突っ込むわよ!頭を守って!」
「え、えぇ〜〜〜!」
さすがは一流暗殺者。たとえ3階から落下しようとも、これまでに培ってきた技術を以てすれば、たとえ180センチのうるさい成人男性を腕で抱えていようと着地などおちゃのこさいさいだ。いったいあの細い腕にどれだけの筋肉が詰まっているというのだろうか。
枝の間にうまく挟まっていたエリオットは、自分より20センチは小さいか弱い妻が自分を抱えて、3階から飛び降りて無傷である世界が現実とは思えないようで、思わず足の裏をつねる。
「いったぁぁ!」
痛みのあまり枝から落ちた。残念ながら夢ではなかったようだ。
「エル!今はバカな真似はやめて!早く逃げるわよ!」
いつもの甘い声とは違う、鋭い声色に若干戸惑いと、新鮮さに伴う興奮を感じつつも、走り出すリゼリアに懸命についていく。
しかし、エリオットが木のそばから離れると同時にボスも3階から勢いよく飛び降りてきた。そしてリゼリアと同じように、いやそれ以上にスムーズに着地をこなし、リゼリア達を追ってくる。ただ、よほど余裕があるのだろうか。走ることなく、優雅に歩きながらこちらに向かってきた。
(ボスは圧倒的な勝利しか望まない…!私たちを追うより、完全に打つ手無しにしてから処理しようとしてる…!)
リゼリアはエリオットの手を繋ぎ、全速力で足を動かす。しかし、どうもエリオットがぎこちない走り方をしていた。まるで、右足を庇っているようだ。エリオットは息を荒げて、掠れるような声で言った。
「リ、リゼ…あ、後で追いつくから…先に行っててくれ…」
(まさか…ボスに怪我をさせられたの…⁈)
「エル!諦めないで!あと…あと少しだから!」
「む、無理だ!だって今、僕の足裏には…魚の目があるんだよ?!」
「…ん?」
リゼリアは聞き間違いかと思い、一瞬思わず動きが止まる。エリオットも息を整えて、もう一度、至って真剣に言った。右足の親指の下部分。そこが地面につくたびに皮膚の中にある芯のようなものが刺さるように痛い。走ることは愚か、まともに歩くのも多少の我慢が必要で、その我慢はこのバカ王子として有名なエリオットには耐えられないものだったのだ。
「だから、足に魚の目ができてしまったんだよ!そこを庇いながら小走りするのでやっとなのに、走れるわけなんてない!」
「…いうてる場合かぁ!!」
まあそりゃそうなる。
リゼリアは遅れた分を取り戻すかのように先ほどより速く走っていく。
「えぇ?!リ、リゼ?!」
「早く走らんかい!あと少しで…私の武器を隠しているところがあるから」
「ぶ、武器…?」
戸惑いがらも、魚の目の痛みを我慢して走るエリオット達は、訓練場へとたどり着いた。
昔、エリオットがリゼリアに剣術を見せたときと違って人っこ1人おらず、月明かりに照らされた藁人形が一つ寂しく佇んでいる。そこから20mほど離れた場所。リゼリアは一つの迷いもなく、その周辺の土を掘り返す。
「お、おい!リゼ!そんなことをしたら手が汚れてしまう!」
「黙って!…あなた、殺されるかもしれないのよ…?ちょっとは空気読みなさいよ!」
「あ、もしかしてあの髭の生えた洒落た男が…?」
「そうよ!」
(私も、あなたを殺すために送り込まれたんだけど…)
エリオットもワタワタとしながら、リゼリアの横で並んで土を掘り返す。段々、地面の表面に土ではない何かが見えてきた。掘り返すと細長く、薄い剣に銃、爆弾といった武器の入った箱が一式出てきた。
(王宮内でパクってきた武器や今まで使ってきた馴染み深い武器達を少しずつここに貯めてきた…まさか、ボスに使うことになるなんて)
「エル!ボ…奴と戦うわ!あなたは…この剣なら薄くて振り回しやすいはずよ!」
「あ、あぁ。分かった。君を守るよ!」
「私のことはいいから!あなたの体のことだけを考えなさい!」
「それは無理だ!僕は君を守るって約束し…」
「あなたより!私の方が強いのよ!」
武器の装填する腕を止めてリゼリアはエリオットの言葉をさえぎった。彼女は全てに苛立っていた。
ターゲットを殺さずに助けて、育ての親から逃げ回って、自分でも何をしているのかさっぱりわからない。ターゲット本人はあろうことか、とっくの昔の口約束を律儀に守り、リゼリアを助けようとしている。守ろうとしている相手こそが、自分の命を奪いにきた死神だということも知らずに。
そして、それと同時に彼の言葉一つ一つに心が揺らされていた。
(‘君を守るって約束した‘って…2年前のことをなんで覚えてるのよ)
「あなたはおかしくないと思わないの?!3年前に都合よく派閥勢力に影響を与えない貴族の娘があなたのことを好きになって、結婚して!」
「リ、リゼリア…?」
「そして、今は王宮のこんな場所に武器をたくさん隠していた!」
「…そ、それは君が護身用に隠していたのかと…」
「だから!私を怪しめっていってるのよ!!」
2人にとって初めての夫婦喧嘩。しかし、そこに一つの不穏な足音が聞こえてきた。
カツーン… カツーン… カツーン…




