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王子暗殺命令の手紙が来て、1ヶ月。リゼリアはこの1ヶ月中毎日欠かさずエリオットの胸にナイフを当てた。けれども、一度もそのナイフに力を乗せた事はなかった。
(今日も、殺せない…)
半ば日課のようにもなっていたため、初めのようにエリオットを暗殺できないことへの困惑より先に来たのは眠気だった。今夜は満月。窓から差し込む月光が照らすエリオットの寝顔になぜか彼女の胸は締め付けられていた。明日は殺そう…いつも通りにそんな言い訳をして、ナイフをしまい、うつらうつベらとべッドにまた潜り込もうとしたその瞬間、背筋が凍った。
耳元で聞き慣れた声が囁く。
「なぜ、殺さないのですか?」
昔の記憶が呼び起こされて、すぐにベッドから立ち上がってその大きな影の前に屈む。その体は小さく震えているように見えた。
「ボ、ボス…どうして、ここに…?」
王宮の警備は堅固でリゼリアであっても隠密に侵入する事はできなかった。そして、厳重だからこそ、リゼリアにそれを提案したはずのボスが今、ここに立っている。リゼリアは混乱を隠しきれない様子だったが、ボスはそのような事取り留めもしない。
「そうですね…積もる話もたくさんありますがまずは…」
いつの間にかリゼリアの太ももに隠してあったナイフが消えていた。そしてそれはボスの手に…もっと細かく言えばエリオットの胸の上に触れている。
(いつの間にエリオットの方で移動したの?)
「ターゲットは、殺しておかなければ。」
「待っ…」
心地よさそうに眠っているエリオットを横目にナイフを振り下ろそうとするが、リゼリアが思わず声を上げようとしたその瞬間、ボスの腕が止まった。まるでリゼリアを粗大ゴミか、まだ使えるのか、見極めるように瞬き一つせず不穏な目つきで凝視する。
そして、すぐにまた、目を弧にして笑っていった。
「あぁ!すみません。リゼリアの獲物でしたね。さぁ、どうぞ」
不気味なほど笑顔で渡されたナイフ。いつもなら、訓練なら何の躊躇いもなく振り下ろせたはずのナイフがやはり、動かない。
(やっぱり私は、エリオットに情がある…。彼を殺せない…)
リゼリアは腕に入れていた力を全て無くした。殺せなかったことへの違和感と、ボスの圧からか、どんどん呼吸が荒くなっていく。彼女は王宮に行くまでの16年間、自分を育ててきてくれたボスに一途の希望を抱いて口を開く。
「これから…もっと、殺しますから、このターゲットだけは、見逃せ、ませんか…?」
的確な状況判断も売りであった暗殺姫リゼリアにしては悪手であった。
そもそも、自分の育て親に自分に対して愛情などあるわけがない。ボスにとって、育ててきた子供達は金を作る機械であるか、欠陥品であるか。その2択だけであった。
「面白いことを言いますね。なぜですか?」
「なぜ…?なぜ、って言われても…私には、彼を殺せないから…」
「だからそれはなぜ?」
「あ、え…なぜ…?」
「はぁ…」
ボスは深くため息をつき、嘆いた。リゼリアは自分で理解はしていないものの、もうすでにエリオットに堕ちている。無自覚に、エリオットを隠すように振る舞い、エリオットに剣の一つも振り下ろせない。欠陥品になってしまっていた。
「向こう6年、仕事を入れていたのに…全てキャンセルですか。これはお客様に叱られてしまいます」
「ぼ、ボス…?」
エリオットを見逃してくれるはず、そう純粋に思うリゼリアは、ボスの目には既に人間として映らなくなっていた。彼にとってリゼリアは欠陥品。
「処分、ですね」
リゼリアの持っていたはずのナイフはいつの間にかボスの元へと戻っていた。
その刃は、躊躇なくリゼリアへと向かっていった。




