10
***
「腕に何か細い小さな…針でも入れているね?ダメな子だ。」
「…化け物ね」
(小指ほどの小さな細い針…一瞬オースティンが強く抱きしめた時に勘付いたのかしら。だとしても感覚神経が鋭すぎるわよ)
リゼリアの腕から小さな針を取り出し、彼女の目の前で無惨にへし折る。そして、オースティンは悲しそうに言った。
「残念だ…リゼリア。君とは最高の夫婦になれると思ったのに…」
その言葉で、リゼリアは悟った。
(さっきからの表情で薄々気づいていたけれど、この程度で私を捨てるってことは、この男はただエリオットの妻を奪いたかっただけのようね)
そして、それと同時に自分に命の保障などないことも悟った。
(完全な詰み。エルを助けに行くことさえもできない。最期は少しだけ噛みついて終わりましょう)
リゼリアは悲鳴を上げる体を叩き起こし、オースティンを睨みつける。
「は!何を言っているのよ!エリオ…エルのものを奪い取りたかっただけでしょう?!それでもう満足したから捨てるってことでしょう!」
「違うさ!君を本当に愛していたよ…!」
「早く殺すなら殺しなさいよ!」
その言葉に、一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにほんのりと頬をピンクに染めながらオースティンは笑顔で頷いた。リゼリアの体を全身で覆って少しずつ、少しずつ力をこめていく。
「私は、主人公として悪と呼ばれるものを全部壊すのが大好きなんだ。海賊たちを殺す時は、その家族も全部…調子がいい時は近所の人間や親族も殺す…それも、海賊たちの目の前で…。」
「狂、って…るわ…!」
「リゼリア…君も主人公の正義の下、悪として綺麗に死んでくれ。明日の都での新聞の一面には‘第二王子を殺害!2度目の稀代の悪女を第一王子が成敗!’と言ったところかな」
「…ふ、ざけ…かハッ!」
「そろそろ気道が確保できなくなったかな?あの殺し屋の真似でもしようか。…最期に言い残したいことは?」
意識が途切れそうになる中、リゼリアはエリオットの言葉を思い出す。
――『愛してるよ』
リゼリアは気づいた。
リゼリアのことを優しい目でじっと見つめる彼を、
危険なことがあれば、いつでも駆けつけてくれる彼を、
‘リゼリア’という忌むべき名前を好きだ、と笑う彼を、
愛していると。
搾りかすのような空気を最後の力で振り絞って、掠れた声を精一杯出す。
「え、ル…わ、たし、も…」
「リゼーー!」
リゼリアの耳に、エリオットの叫び声が聞こえた。最期の幻聴なんだろうか。しかし、その声は何度も聞こえてくる。
「リゼ!リゼー!リゼリア!僕の愛するリゼリア!」
その声はついにオースティンの部屋の中に響いた。オースティンが顔を顔を顰めリゼリアを締める腕を少しだけ緩めて、ベッドから立ち上がり、彼女を人質にするように首元に手をかけた。ドアの前に荒い呼吸をしながら怪我の一つもないエリオットが立っていた。エリオットがドアの中に踏み込もうとすると、オースティンは首を締める力を強めて動かないよう強迫した。
「エリオット…どうしてここにいる?」
「お前その汚い腕をどけろ!リゼリアに触れるな!」
「リゼリアは私を愛しているんだ!さっきはベッドで2人抱き合った」
リゼリアはオースティンの彼女の首を締める腕がわずかに震えているのを感じた。しかし、瞬きを一度した後、その腕が急に床下に赤い液体と共にぼとりと重々しい音を立てながら落ちていった。そしてもう一度瞬きをすると今度は自分の体は、エリオットの体に優しく抱き寄せられていた。彼の顔には涙の跡でひどく赤みがあるものの、その目に恐怖は映っておらず、怒りの色が出ていた。
「う、うわぁぁぁ!!」
左腕を切り落とされたオースティンは、狂ったように叫んだ。切り落とされた腕の付け根から血が滝のように流れ出る。リゼリアがエリオットに状況を尋ねるより前に、オースティンの首に剣を当てた。その剣を構える姿勢は、今までに見てきたへっぴり腰王子とは似ても似つかないほど、毅然としていた。
「リゼ!リゼリア!僕の愛するリゼリアの首にこんな青あざを作るあいつを愛してるなんて嘘に決まってるよな?嘘だよな?」
リゼリアの方を向いた瞬間その姿はまたいつも通りのエリオットに変わった。
「嘘に決まってるでしょ!?それより、どうしちゃったの!エル!」
リゼリアはいつもと別人のようなエリオットに困惑し、袖を引っ張ってオースティンの首に当てた剣を下ろそうとするが、びくとも動かない。
エリオットは、オースティンに剣を突きつけながらも、リゼリアの方をじっと見て締め傷以外の傷がないかを確認して、頬を優しく撫でて笑った。
「これは僕が蒔いた種なんだ。責任は僕が取る」
「せ、責任って…」
「は、はは…あはははは!エリオット!なにが‘僕が蒔いた種’だ!何もかもお前のせいだろうが!天才に、俺の気持ちの何がわかるっていうんだよ!」
大声を発して立ち上がり、リゼリアへと向かおうとしたオースティンの足の腱を、また、一度の瞬きのうちに切った。オースティンは呻き声を鳴らす。リゼリアは、先ほど言ったオースティンの言葉が忘れられないでいた。
「て、天才…?一体どういうこと…?」




