Episode 7 :【喪失と、決意】
――〈アフターエリア〉。
故郷を無理矢理追い出され、再び《ヒューマネスト》への恐怖に支配されることとなった――〝ゴミクズ〟達が集う、掃き溜めのような場所。
そこで過ごした、死と隣り合わせの日々。
それは、言葉に尽くせないほど、悲惨なものだった。
……そのせいか、ただでさえ弱り切っていた母さんの生命力は、日に日に奪われていった。
かつての美しい面影は、まるで萎んで枯れていく花のように、消え失せていた。
俺は、母さんを救おうと、必死になった。
……だけど所詮は、子供の悪足掻きでしかなかった。
いつしか俺は、壊れそうな母さんの痩せ細った手を、下手くそな笑顔で握り締めることしか、できなくなっていた。
《――「……ぁ…………ぉ……ぇ…………っ」》
かき集めたボロ布の布団で横たわる母さんは、いつも俺に、何かを伝えようとしていた。
声が弱々しく掠れていて、正確には聴き取れなかった。
……だけど、涙に濡れたその瞳から、何度も「ごめんね」と謝っていることだけは、嫌でも伝わってきていた……。
――そして、2052年の、6月12日。
神様は、俺の13歳の誕生日プレゼントに、何も与えてはくれなかった。
それどころか――俺の一番大切な人を、無慈悲にも、奪ったのだ。
《――「……………………」》
《――「……母さん……母、さんっ……!」》
……俺の声に、母さんは、何も答えてはくれなかった。
ただ、虚ろな目で、ひび割れた天井の先――どこでもないどこかを、見つめていた。
そして、母さんはそのまま、呆気ないほど静かに……息を、引き取った。
確かに伝わったのは――もう握り返してはくれなくなった、細すぎる母さんの手の……その、氷のような冷たさだけだった。
《――「ンゥハッピーバースデイィン、ディィア~……夏神ィ~!♪」》
《――「あはははっ。もう、パパったら、相変わらず歌のクセが強い~」》
誰もいない、真っ暗な視界。
そこには、キャンドルの明かりも、家族の笑い声もない。
あるのは、愛する母を救うことができなかった、無力な一人息子の、抜け殻だけだった。
《――「ほ~ら夏神。父さんと母さんで作った、バースデー七面鳥だぞ~!
これなら、甘いもの苦手な夏神でも、食べられるだろう?」》
《――「し、七面鳥って……クリスマスじゃないんだから……。
というか、これ、どうやってロウソク刺したの?」》
《――「いいからいいから! ほら、夏くん! 早く、ふーってして!」》
……いつだったかな。
そうやって、父さんと母さんが、俺の誕生日を笑顔で祝ってくれたのは。
「ああ、この両親の元に生まれてきて、自分は本当に幸せ者だ」と、心からそう思えた日は。
とても、とても大切な思い出だったはずなのに……ロウソクの火よりも簡単に消えてしまって……どうしても、思い出すことができない。
嫌でも思い出すのは、いつだって、愛する両親が、目の前で死んでしまった光景。
家族三人、幸せに暮らしていたはずの思い出は、涙が滲むせいで、よく見えなかった。
瞼を閉じれば、いつでも最高の笑顔を、思い出せたはずだったのに――。
――その時だ。
父さんだけでなく、母さんまでもが、あまりにも惨たらしい形でこの世を去った瞬間……俺の心は、途方もない喪失感で、空っぽになった。
しかし、それとは対照的に……頭の中では、満ち溢れんばかりに疑問が湧き上がっていた。
「どうして母さんは、死ななければならなかった?」
「父さんは、あんな目に遭わなければいけない人だったか?」
「俺達がいったい、何をしたというんだ?」
どれだけ考えようとも、決して答えに辿り着かない、永遠に廻り続ける疑問。
それらは次第に、身を焦がすほどの憎悪と憤怒へと、変わっていった。
――違う。悪いのは、誰でもない。
悪いのは、全てこの世界だ。
父さんを含めた、多くの命を一瞬で消し去り、母さんにあんな最期を遂げさせ、全ての人間に理不尽を強いる――。
そんな狂い、穢れ、腐り切ったこの世界こそ、諸悪の根源なんだ。
その結論に行き着いた瞬間――俺は、自分が歩むべき未来を、背負うべき宿命を、頭や心だけでなく、魂で理解することができた。
「この醜く腐り果てた世界を、俺が変えてみせる」
「泥沼のようなこの世界に染まることなく、蓮の花のように凛と咲き誇る」。
それこそが、亡くなった両親に贈る、最後の親孝行なんだ、と。
――だからこそ、俺は強くなる。
一人の戦士として、愛する人を奪われる苦しみを、誰も背負わなくていい世界を作るために。
……だが、力も権威も持たない子供が、辺境の地でどれだけ叫ぼうと、誰もその言葉に耳を傾けはしない。
力というものは、問答無用で、かつ絶対的に、他者に自分の価値観や主義主張を、突き付けるもの。
今の俺には、それが必要なんだ。
最初に覇道を歩み出した者は、非難や軽蔑の目で見られることもあるだろう。
だが、力を身に付け、それを充分に発揮できてさえいれば、やがて自然と認められ、慕われていく。
その過程で、同じ主義主張を唱える集団は大きくなっていく。
そして一つの社会となり、世の理となっていく。
世界を変えるとは、そういうことなんだ。
その、最初に歩み出した者がしたことは、案外大したことではない。
ただ、矛盾に満ちた世界に、一石を投じただけのことだ。
だが――どんな小さな石ころでも、水面に落とせば、波紋は広がる。
その波紋はやがて、周りに大きな影響を与えるかもしれない。
それこそが、俺の目指す未来であり、俺を突き動かす、新たな存在意義なのだ――。
《次回予告》
《――「久しぶりだな、夏神。できるなら、こんな形で再会はしたくなかったが……」》
《――「お前には、両親の命を背負う覚悟があるか」》
《――「……こんな形でしか見送れなかった、親不孝な息子で……ごめんね」》
次回――Episode 8 :【母に捧げる約束】




