Episode 5 :【大災厄の日―2050.03.13―】
――2050年、3月13日。
〝大災厄の日〟――その名に相応しい惨劇が、世界を襲った。
忘れたいと願っても、決して忘れられることなどできない。
なぜなら、あの日は、全ての始まりにして――終わりだったから。
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――その朝、日本中が異様な熱気に包まれていた。
街が、人々が、理由の分からぬ高揚感と混乱に、浮かされていた。
理由は、ただ一つ。
本来なら有り得ない周期で、皆既日食が観測される……という異常現象が起きていたからだ。
《――「簡単に説明すると、日食というのは、地球・月・太陽が、一直線に並んだ時にだけ起きる現象です。
現代の観測技術では、百年単位で、正確に予測されています。
その予測にない皆既日食が、突然起こるなんてことは……まず、あり得ません」》
《――「いやいや、でも実際に起きてるじゃない!」》
《――「……はい、そうですね。
専門家としては恥ずべきことですが……正直自分も、いったい何がどうなっているのか……」》
《――「あのさぁ……そんなこと言われても困るよ!?
こっちはアンタらに、高い税金払ってんだから!」》
《――「ただ、間違いなく言えるのは……本当に、この現象は、絶対にあり得ないことなんです。
日食ではない、別の現象なのか……はたまた、何か大きな力が働いているのか……」》
緊急特番に登場していた天文学者は、そう強く断言していた。
だけど現実は――その「あり得ない」を、叩き潰してきた。
確かに、太陽の光は月に覆われ、妖しく不気味に光る金環が、地上を照らしていたのだ。
その異常現象に言及する者は多く、様々な意見が錯綜していた。
「どうせ〝ARビジョン(拡張現実映写装置)〟の大規模デモだろ」と、冷めた意見を述べる者。
「これは神からの、人類に対しての警鐘だ。日食は、その啓示なのだ」と豪語する、新興宗教の教祖。
専門家から陰謀論者まで、皆が勝手な理屈を振り翳し、世界は混沌の限りを極めていた。
《――「日食だって! ママ、ちっちゃい頃に一度見たっきりだなぁ」》
《――「せっかくだから、見晴らしの良いところで見に行こうか!
おっと、その前に、あの変なサングラス買わないとな!」》
《――「……2人とも、浮かれすぎじゃない?
ニュースだと、みんな慌てている様子なのに……」》
そんな中、俺達一家は、その異常を〝ただのイベント〟として、呑気に楽しんでいた。
……そんな平和が、間もなく、世界と共に砕け散るとも知らずに。
身支度を済ませて、家を出ようとした――その次の瞬間だった。
――ドゴオオオオオオオオンッ!!!
聞いたこともない爆音が、世界を引き裂いた。
直後、目を焼くような閃光が、世界を真っ白に染め上げる。
ほんの数秒間の出来事――だが、あの熱と光は、永遠にも感じられた。
微かに反響して聞こえたのは、人々の叫び、悲鳴、断末魔。
《――「はあっ、はあっ……!! い、今の、何……!?」》
《――「母さん、大丈夫!? 父さん、母さんが――。
…………父、さん……?」》
視界がようやく戻った時――隣にいたはずの父さんが、跡形もなく、消えていた。
まるで、最初から、存在していなかったかのように。
その異常現象は、俺達にのみ起こったものではなかった。
ディスプレイ越しでは、裏方にしか見えないスタッフが、震える声と拙い言葉遣いで、臨時ニュースを読み上げていた。
――『先程の、謎の閃光の影響により、世界人口の半数が、一瞬で消滅したとの速報です』。
その事実を裏付けるように、人口統計システムはエラーを起こし、狂ったような数字を叩き出していた。
消滅した人間の、おおよその数字が割り出されたのは、最近になって、ようやく判明した事実。
父さんも、〝破滅の閃光〟の、犠牲者の一人に過ぎなかった。
だが、悪夢のような現実は、まだ終わらない。
いや――始まったばかりだった。
一部が異常進化した、昆虫のような個体。
巨大な翼を持つ、伝説上の生物・翼竜を彷彿とさせる個体。
そういった、異形かつ巨大な未知の生命体が、突如全世界で、一斉に確認されたのだ。
その生命体相手に、人類が持つあらゆる兵器が、まったく通用せず……自衛隊も軍隊も、壊滅的状況に陥ってしまった。
ニュースカメラが最後に捉えた、数分の中継映像。
それが、その事実の信憑性を、嫌というほど証明してくれた。
そんな怪物の毒牙は――すぐさま、俺達にも襲いかかってきた。
積み木のように、家を軽々と破壊しながら現れた、毒々しい色彩を纏う巨大な蜘蛛――。
あの時、あと一歩でも、逃げ遅れていたら……俺達は間違いなく、殺されていただろう。
あらゆる意味で、人間を超越した存在――当時は呼び名も定まらなかったが、やがてこう呼ばれるようになった。
《ヒューマネスト》――人間(Human)の最上級(Est)に位置する存在。
誰が名付けたのかも分からない。
文法的な誤りなど、誰も気にしなかった。
その皮肉めいた名前は、自然と世界に浸透していった。
――人類の半数が消滅し、怪物達が君臨する世界。
それは、神の怒りか。あるいは、人の罪か……。
ただ一つ、確かなのは――あの日、世界は一瞬にして、地獄へと……いや、地獄よりも残酷で恐ろしい何かへと、変わり果ててしまったということ。
この一連の出来事は、《2050DD》という未曽有の大災厄として、人類の歴史の大きな分岐点として、確かに記憶を残した――。
《次回予告》
《――「ごめんね、夏くん……弱いママで、本当にごめんね……」》
《――「――な、なんだ、お前達は!?」》
《――『ごめんなさいねェ~。
アナタ達が、無駄に人生を浪費している間に、この国は変わったのよン》
次回――Episode 6 :【変わり果てた、国の姿】




