Episode 4 :【その名に咲く、想い】
《――「やーいやーい! 泣き虫のナツミちゃーん!」》
《――「おまえ、今日はスカート、はいてねーのかよ!」》
《――「やっ、やめてよ……。なんで、そんなこと言うの……」》
――蓮元夏神。夏の神と書いて、ナツミ。
俺は子供の頃、そんな自分の名前が、あまり好きじゃなかった。
「ナツミちゃん、ナツミちゃん」とからかわれ、「男のくせに女みたいな名前」と、よくいじめられていたからだ。
母は花屋を経営していて、俺の身近には、いつも花の存在があった。
だから、「花=女の子」というイメージが強くて、よりからかいやすかったのかもしれない。
今思えば、あれは〝いじめ〟というほどでもない、子供特有の軽いイジりでしかなかった。
しかし、当時の俺は、内気で打たれ弱い性格だった。
だから、女の子扱いされる度に、悲しい思いをしていた。
――そんな名前を、両親はどうして、俺に付けたのだろうか。
俺はある日、店の花壇に水をやり、濡らした葉をタオルで拭っていた母さんに、尋ねたことがある。
《――「夏くんの名前と誕生日はね。ママにとって、何よりも大切なものなんだよ」》
俺の苗字にある蓮の花は、夏の季語。
俺の誕生日も、夏の時期。
だから母さんは、『夏の時期、蓮の花の元に舞い降りた神様』という意味を込めて、『夏神』という名前を付けたらしい。
……正確に言えば、俺の誕生日は、6月12日。
〝夏〟ではあるけれど、どちらかというと梅雨のイメージが強い時期だ。
しかし、母さんにとっては、この日ほど特別な日はなかったという。
《――「キリスト教にはね? 6月の第2日曜日に、〝花の日〟っていう行事があるの。
子供達が花を持ち寄って、教会を飾ってお祝いする日なんだよ」》
2039年の、6月12日――それがちょうど、花の日だった。
そんな奇跡が重なって、俺は生まれてきたのだと、母さんは言っていた。
しかし当時の俺は、保育園でみんなに「ナツミちゃん」と女の子扱いされる悲しみの方が、強かった。
《――「……よくわかんないけど……ボクは、もっと、男の子らしい、カッコいい名前が、よかった……」》
《――「……そっか。夏くん、名前があんまり好きじゃないんだね。
……でもね。もうちょっとだけ、ママのお話を聞いてくれる? ママが、夏くんの名前に込めた想いを、知ってほしいの」》
母さんは、俺の手を引いて、看板商品である蓮の花のコーナーの前まで連れて行った。
《――「お花にはね? 花言葉っていう、特別な言葉があるの。
例えば、薔薇は〝愛情〟で、ママの名前にもある桜の花は、〝美しい精神〟。
じゃあ、私達家族の花――蓮の花は、なんだと思う?」》
《――「……わかんない」》
《――「ふふっ……それはね――〝清らかな心〟。
泥の中で咲いても、決して濁らず、真っ直ぐ美しく咲く花。
このお花こそ、私達の象徴なの。
夏くんは、そんな蓮の元に舞い降りてくれた、神様なんだよ。
だから夏くんが、そんな自分の名前を好きになってくれたら……ママは、嬉しいな」》
《――「……おかあさん……」》
ケースの中で、爛漫と咲き誇る、蓮の花。
その花を見た瞬間……同時に、母さんの話を聞いた瞬間――俺は心から、その花に惹かれていた。
泥沼の中で静かに咲く、気高く美しい花。
何度も見ていたはずなのに、その瞬間に見た蓮の花が、今までで一番美しいと思えた。
《――(……ボクも、こんなふうに、キレイに咲きたいな)》
自然と、心の底から、そう願った。
母さんが大切にしてくれている、自分の名前。
それを、俺も好きになりたいと――そう思えた。
――それから俺は、〝自分という花〟を育てるため、身体を鍛えて、身も心も強くなろうと決意した。
《――「今日もよく頑張ったね! カッコよかったよ!」》
《――「はははっ、流石は父さんの息子だ!
夏神には、甲子園球児の血が流れているからな!」》
《――「……でも、最初の試合で、負けちゃったんでしょ?」》
《――「そ、それは……あっほら! 休憩終わったら、また走り込みだぞ!」》
挫けそうになったことも、何度かあった。
だけど、母さんの応援と、父さんが考えてくれたメニューのおかげで、諦めずにやり遂げることができた。
その努力の甲斐あってか、小学校に上がる頃には、体育の授業で、いつも優秀な成績を残すことができていた。
体育の先生にも、「どれだけ激しい運動をしても、呼吸が乱れていない」、「適切な筋肉の動きが、無意識にできている」と、絶賛されたことさえあった。
それからは、俺はもう何を言われても、動じない心を手に入れた。
一度咲いた〝自信〟という花は、そう簡単には潰れないし、枯れることもなかった。
気付けば、俺は「ナツミちゃん」と呼ばれなくなっていた。
名前の事ではなく、〝俺個人の良さ〟を見てくれる人が、増えていったのだ。
《――「本当に夏神は、父さんと母さんの自慢だ!
将来はきっと、女の子にモテモテ間違いなしだな!」》
《――「それにそれに、オリンピックとか出ちゃったりするかもね!
夏くん、今の内に一緒に、サインの練習しておこっか!」》
《――「……なんで母さんまで?」》
毎晩のように続いた、息子自慢という名の、家族団欒の日々。
正直なところ、恥ずかしさもあったけれど……それ以上に、両親が俺に期待してくれていることが、とても嬉しかった。
――もっと強くなりたい。
両親の思いに応えられるよう、もっともっと、努力を重ねたい。
その想いは、日に日に強くなっていった。
――しかし……そんな幸せな時間は、長くは続かなかった。
家族三人で生きていけるはずだった、平凡だけど、何より大切だった未来。
それは……あの日、あまりにも呆気なく、砕け散ってしまったのだ……。
《次回予告》
《〝大災厄の日〟――まさにその名に相応しい惨劇が、世界を襲った。》
《その日の朝は、日本中が異様な熱気に包まれていた。》
《――「その予測にない皆既日食が、突然起こるなんてことは……まず、あり得ません」》
次回――Episode 5 :【大災厄の日―2050.03.13―】




