Episode 43 :【今はまだ眠る、応龍の希望】
――ピロリロリ。ピロリロリ。
龍雅が持つ《AS・GP》から、軽快な着信音が鳴る。
《特殊兵装》の管理機能も備えた、二つ折り式の多機能端末機。
艶やかでメタリックな輝きを放つそれは、細かい擦り傷で汚れている。
それは、龍雅が積み上げてきた戦場での日々を、確かに連想させるものであった。
その端末を開く前から、龍雅は、発信相手が朱音だということを察していた。
そしてその要件も、彼女の声色や口調まで浮かんでくるほどに、想像ができている。
「朱音君! 夏神君の容体は?」
『あっ、リュウさん!
幸い、命に別状はないらしいで!
もう治療も済んだみたいで、安静にしてれば、夜には目ぇ覚ますって』
焦りと不安が入り混じりながら問うた龍雅の声に、朱音は相変わらずの、明るい関西訛りの言葉で答える。
「…………そう、なのか」
龍雅の表情には、安堵が浮かぶ。
胸の奥に積もっていた黒い塊のような感情が、少しずつ溶けていくような感覚。
しかし、どうやら龍雅は、完全に腑に落ちたわけではなさそうだ。
(……あれほどまでに叩きのめされていたというのに……そんな短時間で、そこまで回復するものなのか)
龍雅の脳裏には、夏神が徹底的に凛太郎に叩きのめされ、血まみれで地に伏していたあの光景が、強く焼き付いている。
それ故に龍雅は、夏神が回復したという事実を、心から喜んでいると同時に、信じがたい思いも抱えていた。
彼からすれば、最新医療の力を以ってしても、もはや奇跡的というか、現実味のない話とさえいえるものだったからだ。
『――それにしてもな、リュウさん! ウチ、ビックリしたで!
治療を受けさせるに当たって、ナッチャンの服を預かったんやけどな?
これがもう、ごっつハイテクなものやったんや!』
「……? ごっつハイテクなもの?」
『繊維の隅々に、ナノマシンみたいな電磁結界発生装置が組み込まれててな?
要は、常時バリアー服ってやつやで、これ!』
「ああ、確かに凛太郎君が、そんなことを言っていたな」
龍雅は顎に手を添えながら、思い返す。
凛太郎が、ボソッと呟くように口にしていた、電磁結界発生装置の存在。
それを今、朱音の言葉で改めて、認識したのだ。
『別に疑ってたわけやないけど、実物を見たら、ビックリ栗ご飯やで!
あのレーザーガンといい、もしかしてナッチャンって、結構メカに強い子なんちゃう?』
朱音の推察通り、夏神の衣服には、衝撃を緩和する電磁結界発生装置――平たく言えば、バリアー機能が組み込まれている。
一つ一つはナノマシンのように超小型でありながら、全ての装置を稼働させれば、従来の結界装置と変わらぬ効果を発揮する。
繊維に組み込まれたその装置は、常に作動しており、夏神の肉体を守っている。
だが、そんな改造を施したのは、夏神本人ではない。
《HERO》と同様、夏神の恩師である斎賀天寿郎からの、贈り物である。
その恩恵によって、夏神は《特殊兵装》を装備した凛太郎の攻撃を受けても、致命傷を免れたのだ。
「そうなのか。なら綺麗に縫合してやらないとな。
……いや、そんな高性能な服、下手に触らない方がいいだろうか?」
『〝センマン殿〟なら、その辺も上手くやってくれるんちゃうか?
ウチみたいな女子力皆無の人間より、ずっと適任やで』
「確かに、彼に任せておけば安心だな」
張り詰めていた糸が緩むように、龍雅の口元に笑みが浮かぶ。
「それなら俺は、パトロールがてら、手土産にイチゴ大福でも買ってくるとしよう!
朱音君、留守番を頼んだぞ!」
『それはええけど……あれぐらいの男の子って、イチゴ大福貰うても、喜ぶんかしら?』
「俺は貰ったら嬉しいぞ?」
『……そりゃリュウさん、あんたの好物やもん』
端末越しに響く、朱音の呆れ声。
そんな風に冗談を交わしつつ、互いに小さく笑い合った後、通話は静かに終了した。
室内に再び訪れる、静寂。
龍雅の胸の内には、確かな温もりが宿り、その表情は、心からの自然な笑みが戻っていた。
――『愛する両親が犠牲となった世界を、受け入れたくない。だから、自分がこの世界を変えてみせる』。
悲惨な現実や過酷な運命にも屈せず、愚直と呼べるほど真っ直ぐに、向かうべき道をただひたすらに突き進む。
そんな夏神の姿や、彼が掲げる理想は、龍雅にとって、希望の象徴そのものだった。
だからこそ、夏神が無事だと知った時、龍雅は――自分自身でも驚くほど、幸せだと思えた。
――「今日は俺にとって、素晴らしい日になりそうだ」。
自分で言っておきながら、大袈裟な表現だなと思う言葉。
しかし、今の心情を表す言葉として、これ以上相応しいものはない。
それはまるで、呟いた言葉が、現実になったかのように――。
(……もう30代も後半だというのに、こんなことを考えているようでは……また「キザな台詞だ」と、夏神君に呆れられてしまうな)
苦笑を浮かべながら、龍雅は《AS・GP》をポケットにしまい、最高司令官室を後にする。
扉が静かに閉じる音が響き、残された部屋は再び、無音に沈んだ――。
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<次回予告>
≪――見覚えがない天井。薬品の匂い。鳴り止まぬ機械音。柔らかなベッドの感触。≫
「……目覚めた途端に、失礼な子だね……。君を治療してあげたのは、僕なのにさ……」
「まあ、早いうちに意識が戻って、よかったよ……。
君には、訊きたいことがあったしね……」
次回――Episode 44 :【機械仕掛けの双眸に映るもの】




