Episode 36 :【判決は、煙草の吐息と共に】
「――それで? これが例の少年か。
質の悪い冗談かと思ったが、実物を見たら、余計にそう思わざるを得ないな。
こんな青臭い餓鬼を、本気で引き入れると?」
煙草の煙の代わりに、ため息を吐きながら、淡々とそう言葉を並べる鳴宮。
確かに鳳紫さんの評価通り、その言葉からは陰鬱で、かつ冷酷な印象を受ける。
「君の意見はもっともだが、夏神君の実力は、本物だ。
〈A.E.G.I.S〉が所有する対異能生命体特殊装備と、彼の天性の戦闘センス。
その2つを組み合わせれば、充分戦力として活躍することが期待できる。
主任として、俺はそう判断したんだ」
雨津星さんの主張に、鳴宮は冷たい視線を返す。
「立派な主張だな。だが、説得力は、まるで皆無だ。
仮に貴様が言うように、実力が申し分ないものだとしても、この少年には、実戦経験が欠け過ぎている。
未熟な戦士など、足手まといでしかない」
「……ちょっと待て。
どうして俺の実戦経験が乏しいと、勝手に判断するんだ」
黙って聴くつもりだったが、流石に聞き捨てならない言葉を言われたので、我ながら沸点が低いなと思いながらも、反論する。
そんな俺に、鳴宮は「そんなことも分からないのか」と言わんばかりのため息を、はーっと吐き出した。
「気付いていないのか? 貴様が今、雨津星の間合いに入っていることに。
少しでも妙な動きをすれば、秒で両腕を折られる状況だぞ」
……言われて、ハッとする。
確かに、俺と雨津星さんの距離は、1メートルもない。
この距離なら、熟練の兵士ならば、一瞬で制圧することができる。
俺も、対人戦の訓練を積んできたからこそ、それを確かに実感できる。
しかも、雨津星さんは先程、鳴宮の煙草を、一瞬で奪ってみせた。
肉眼で捉えることはできたが、即座に対応できるかどうかは……正直、かなり怪しい。
しかし……そんなことは、決してないだろう。
雨津星さんは、初対面にも関わらず、あれだけ俺のことを深く理解し、心からの笑顔を見せるほどに、俺のことを信頼してくれた。
そんな雨津星さんが、そこまで警戒しているとは思えない。
そう思いつつも、雨津星さんの方を見てみれば――気まずそうに目を逸らされた。
……そういうことか。
〈狭間交信局〉で俺に《HERO》を突き付けられた時、あんなにも冷静だったのは、「俺を信じていたから」じゃない。
「引き金を引かれる前に、無力化できる自信があったから」――それだけだったんだ。
……仕方がないとはいえ……まだ信頼されていないんだな、俺は……。
「いや、夏神君、君のことは、確かに信頼しているんだぞ!?
ただ、組織の主任としては、一応、最悪のケースも想定して……」
「ああ、はい……大丈夫です、分かってますから……」
「そ、そんな顔には見えないが!?」
慌てている様子の雨津星さんを見かねてか、鳳紫さんが仲裁に入る。
「まあまあまあ!
ナッチャンかて、ちょっちビックリしちゃっただけで、ホンマにショック受けてるわけやないやろ?」
「……まあ」
割とショックを受けたことは、黙っておこう……。
「うんうん、それなら万事オッケーやな!
リュウさんも、あんまナッチャンを怖がらせへんこと! ええね!」
「め、面目ない……」
鳳紫さんの尻に敷かれ、しゅんとしている雨津星さん。
その姿が、なんだかおもしろくて、俺は思わず笑みを零していた。
「……茶番はもういいか?
貴様らがなんと言おうと、俺はこの少年を仲間にするつもりなどない」
和やかな雰囲気になりつつあった場に水を差すように、鳴宮が冷徹な口調で言葉を続ける。
「この少年は、典型的な、試験の結果がいいだけの、優等生気取りだ。
自分の力を過信し、現実が見えていない。おまけに、他人を簡単に信用するお人好しと来ている。
そういう輩は、実際の戦場では何も為せず、呆気なく死ぬだけだ」
鳴宮の視線の先が、雨津星さんから俺に変わる。
「少年。貴様に相応しい未来は――無力な子供として、分相応に、ただ生き長らえるだけの、人生だ。
それだけは、理解しておくんだな」
「ちょっと、リンリン! いくらなんでも、そんな言い方……!」
「いいんです、鳳紫さん」
俺を思ってか、身を乗り出そうとした鳳紫さんを、俺は制止する。
……成程。鳳紫さんの言っていた評価が、今なら嫌というほど理解できる。
この男の言葉には、悪意は一切ない。
ただ自分の経験と考えに基づく意見を、冷徹に突き付けてくるだけだ。
だからこそ、その言葉は、痛いほど重く響く。
気に食わないが、鳴宮の言葉が的を射ているのは、紛れもない事実だ。
……だけど、そんな言葉で、俺の決意が揺らぐはずがない。
父さんが消えたあの日、俺はその場に項垂れることしかできなかった。
母さんにだって、結局、最期の最期まで、何もしてあげられなかった。
だからこそ、俺は決めたんだ。
こんな世界を変えるために、強くなると。
だから、何年もかけて、ようやくたどり着けたこの瞬間を、今更引き下がるなんて――ありえない。
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<次回予告>
「俺は、恐れを知らぬ戦士として、命を捨ててでも、最期の一瞬まで戦う――その覚悟は、もうできている……!」
「……さて、凛太郎君。
君はどうする? やはり、意見は変わらないか?」
「一発だ。その銃を、一発でも俺に当ててみせろ。
そうすれば、貴様のことを、少しは認めてやってもいい」
次回――Episode 37 :【たった一つの提案】




