Episode 30 :【〝理想郷〟という名の〝虫籠〟】
――かくして俺は、雨津星さんと共に、一枚の鋼鉄の扉を前に立っていた。
それは、〈狭間交信局〉の終わりであり、〈御門大江戸〉の始まりを告げる扉。
俺にとっては〝運命の扉〟だが、雨津星さんにとっては、何度も通過してきた、ただの出入り口。
それを示唆するように、雨津星さんは慣れた動作で、認証機のロックを解除した。
――ギュイーン……ガゴゴゴンッ……。
重く響く機械音と共に、分厚い扉が開かれていく。
その扉を、俺は雨津星さんの背中を追いかける形で、ゆっくりと越えた。
こうして、〈御門大江戸〉という、再誕した故郷を目にした時――俺は、言葉を失った。
雨に濡れた街並みを照らす、ビルに表示された数々の電子パネル。
空を自在に滑空・運転する、電磁浮遊車。
《《一部機械の人間》》と、《《全身機械の人形》》が、肩を並べて歩く街並み。
そして何よりも目を引くのは、空を貫くように聳え立つ、巨大な塔……。
俺の目に飛び込んできたのは、あまりにも現実離れした光景だった。
――だが俺の心は、トキメキや感動では、満たされなかった。
「目の前の景色を《《受け入れたくない》》」――そんな拒絶反応のようなものが、胸の奥に自然と芽生えたからだ。
死屍累々の地獄絵図とでも言うべき〈アフターエリア〉。
子供の空想を具現化したような未来都市・〈御門大江戸〉。
その2つが、たった1枚の壁を隔てて、同じ世界に共存している――。
そのあまりの理不尽さに、俺の頭も心も、ついていけなかったのだ。
「君は、かつてお母様と、この〈御門大江戸〉で暮らしていたんだったな。
今の君の目には、かつての故郷は、どう映る?」
「……まるで、蜃気楼を見ているような気分です。
腐敗した無常な世界に、幻想の国が、ポツンと現れたような……そんな錯覚に襲われる」
「ハハハ……蜃気楼に、幻想の国か。なかなか、言い得て妙だな。
だが……俺にとっては、ここは〝虫籠〟さ」
「……虫籠……?」
「君からすれば、ここにいる人間は、恵まれているように見えるだろう。
だが実際は、《《もっと上の存在》》に、生かされているにすぎないんだ」
雨津星さんの声は重く、静かに響く。
「この〈御門大江戸〉での居住権は、いわば椅子取りゲームだ。
だが、椅子に座れるかは、早いもの勝負でも、運でもない。
ただ、〝主催者〟に『座ってもいい』と審判されるかどうか、だ。
しかも、その椅子は、気まぐれで取り上げられたり、数を減らされたりする。
そして、かつて椅子に座れていた優秀だった者でさえ、より優秀な者に、『それがルールだから』と、椅子を奪われるんだ」
「……! そんなことが……!」
「理不尽だよな。だけど、それが現実なんだ」
雨津星さんの視線の先にあるのは、天にまで届きそうな、あの巨大な塔だった。
「……だからこそ、ここは〝虫籠〟で、ここにいるのは、人間様に抗えぬ、弱い虫なんだ。
虫籠の中では安全な虫も、いつかは人間に摘まみ出される。理由なんて関係なく、な」
煌びやかな未来都市を見つめる雨津星さん。その表情は、どこか悲しみを帯びているものだ。
その横顔を見ただけで、『彼なりに、この理不尽な世界に対して、思うことがある』ということが、ひしひしと伝わってきた。
「だからこそ、夏神君。俺にとって君は、特別なんだ。
君は、賄賂を積んで〈御門大江戸〉に入って来た人間とは違う。
君は、長い間苦しみながらも、自分の力で這い上がって来た。
俺は、君のその瞳に宿る、気高い魂に、惹かれたんだ。
だからこそ俺は、君の未来が幸運であることを――心から、願っている」
雨津星さんが、真っ直ぐに俺を見つめ、穏やかな笑みを浮かべる。
その瞳は、雨の切れ間に光る太陽のように、鮮やかだった。
「……そんな、映画の台詞みたいなことを言われても、返しに困ります」
「ハハハ! 映画でも、こんなキザな台詞は言わないだろう!」
「キザな自覚はあるんですね……」
――不思議な感覚だった。
俺と雨津星さんは、出会ってまだ一時間にも満たない。
それなのに、彼とはもう何年も前からの知り合いのように感じる。
≪――「おおっ、凄いぞ夏神! どんどんタイムが縮まってきているな!」≫
≪――「母さんの弁当は、いつ食べても美味いな……。
夏神、料理上手な母さんを持って、俺達は幸せ者だな!」≫
≪――「夏神。父さんに、もしものことがあったら……その時は、母さんのこと、頼むな。
父さんの分まで、母さんを守ってあげられるような……そんな強い男になってくれ。男同士の、約束だ」≫
……きっと、それは、雨津星さんの人となりが――どこか父さんに似ていたからかもしれない。
豪快で、人懐っこくて、真っ直ぐで。
少し抜けているけど、そういうところも含めて……俺も母さんも、父さんのことが大好きだった。
……もしもあの《2050DD》の時、父さんが消滅しなければ……母さんは、あんなにも急激に壊れてしまうことは、なかったはずだ。
それくらい、俺達にとって父さんの存在は、大きいものだった。
……正直、俺は今でも、父さんと母さんがいない世界を、完全には受け入れられていない。
だからこそ、俺はもう二度と、大切な人と、あんな悲しい別れ方をしたくはない。
この世界を生きる誰かにも、そんな思いをしてほしくない。
雨津星さんは、そんな俺に、〝選択の機会〟を与えてくれた。
だからこそ、俺は――この人の想いに、応えたい。素直に、そう思えた。
「それにしても、なかなか雨が止まないな。
昼前には止むと言っていたが……予報なんて、いつの時代になっても、当てにならないな!」
……当の雨津星さん本人は、そんな俺の決意に、全く気付いていない様子だが。
ほんと、色々な意味で、35歳とは思えない人だ。
流石の父さんも、ここまでマイペースじゃなかったけどな……。
……だけど、それがなんだか、ちょっとだけ嬉しくて。
なんだか、泣きそうになるくらい、救われた気がした。
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<次回予告>
「お待たせ~! いやいやー、すみませんなぁ、待たせてしもうて」
「おっ! キミが例の新入り候補君やな! よろしゅう!」
「おいっす! 鳳紫朱音です!
年上だからとか気にせず、仲良うしてーな♪」
次回――Episode 31 :【紅一点、鳳紫朱音、参上】




