Episode 28 :【灰色の死の大地】
それで、ここからが本題なんだが……。
《E.A.E》の活性化は、特殊加工された機械部品を肉体に埋め込む(あるいは肉体と同化させる)ことによって、無効化されるという。
それ故、〈御門大江戸〉に住む人間――〝ノーマル〟に分類される人間は、環境に適応するために、肉体の一部を機械化することを、義務付けられているようだ。
「《ヒューマネスト》の本当の脅威は、その強大な力じゃない。
『人間がいる限り、奴らが絶滅することはない』という性質その物だ」
そう言った直後、雨津星さんの表情に、影が差す。
「……ところで、唐突に話題を変えてしまうが……。
夏神君。君は今、海の向こう側の国々で、何が起こっているか……知っているか?」
……本当に、唐突に話題が変わった。
さっきまでの内容と、特に繋がりも感じられないが――雨津星さんの顔つきは、ただならぬものだった。
「……《DD》の惨劇が起こった直後こそ、、報道機関は、マトモに機能していませんでしたが……〝ネスト速報〟のおかげで、最低限必要な情報を知ることはできています。
ただ、そのサイトでは、〈アフターエリア〉内以外での話題など、一切出てこなかった……と記憶しています。
まあ、俺を含めた〝トガビト〟は、その日その日を生きることに精一杯で……海の向こう側の事情なんて、考える余裕などありませんでしたが……」
「……それもそう、だな。すまない、無神経なことを聞いてしまった。
恥ずかしい話だが、俺も〈アフターエリア〉の内情や状況を、全て把握できているわけじゃない。
何せ、〈アフターエリア〉と一括りで言っても、実際は東京都以外の都道府県のことだからな……。
だからこそ、規約通りに報道規制を実施しているか、改めて確認したかったのだが……君には無関係な話だったな。忘れてくれ」
「あ、いえ……」
……《《報道規制》》というのは、どういう意味だろう。
規制すべき情報……というと、色々と思い付くが、それになぜ〝海の向こう側の事情〟が該当する?
これまでの情報を整理すると、〝ネスト速報〟が今日まで、そういった話題に一切触れなかったのは、「《《意図的に》》報道することを禁じていた」ということになるが……?
「……おっと、すまない。話題を逸らしてしまった上、余計な情報で、君をこんがらがせてしまったな」
そう言って煎茶を一口啜ると、雨津星さんはようやく、本題を話し始めた。
「この話は、一度世間に知られてしまえば、さらなる大混乱は免れないだろう……。
俺は君のことを、一人の人間として、信頼している。
だから、今から話す内容は、決して口外しないように、約束してほしい」
「……もちろんそうしますが……。
会ったばかりの人間を、そこまで信頼するのは……」
「大丈夫だ! 俺の勘が、『君は信頼できる人間だ』と、叫びまくっているからな!」
真剣な顔つきから一転して、ハッハッハと豪快な笑い声をあげる雨津星さん。
……ほんの一瞬だけ、「この人、本当に大丈夫か?」と、そう思った。
「正確に言ってしまえば、『そもそも報道することができる状況じゃない』……ということになる。
何せ、現在の諸外国、特にヨーロッパ諸国あたりは――《《人が住める状態》》じゃないからな」
「……それは、《DD》や《ヒューマネスト》によって、壊滅状態になってしまった……ということですか?」
「……事態は、もっと最悪だ」
俺の思考が、一歩遅れてついていく。
最悪……? 俺が考えたこと以上に……?
「――俺の同僚に、コンピューターとか、そういうのに明るいのがいるんだ。
彼は、現在の世界情勢を知ろうと、衛星データを通して、様々な調査を行ったんだ。
その結果――ヨーロッパ諸国周辺で、生物が生息できるはずもないほどの……《《放射能汚染》》が、確認されたそうだ」
「――――はっ?」
言葉を失う俺に、雨津星さんは、重苦しい表情のまま言葉を続ける。
「……同僚が調べた、衛星映像……俺も見たんだ。
一言で言えば――灰色の、死の大地だった。
倒壊した廃墟が点在するだけで、生き物の痕跡なんて、欠片もない。
……あんな光景を見たのは、初めてだったよ」
……目は口ほどに、物を言う。
雨津星さんの語っている言葉が、何を意味しているのか……俺は、嫌というほど、理解できてしまった。
「……そ、それは、つまり……《ヒューマネスト》を一気に滅ぼすために、核ミサイルが発射された……ということですか?」
「……ああ。
どこの国が核兵器を使用したのか、何発発射されたのかは、不明だがな」
「そんな、馬鹿なことが……!
確かに《ヒューマネスト》の存在は、脅威的なもの……そんな奴らを滅ぼすため、核兵器の使用を脳裏にチラつかせた人間がいるのも、理解はできます……。
しかし、実際に核兵器を使うとなったら、話が変わってくる!
そんな……そんなこと……!」
「現状、我が国は他国のために〝フレンド〟を派遣して、事実確認ができるほどの、余裕はない。
比較的環境が恵まれている日本ですらそうなのだから、あちら側は、言わずもがなだろう。
……その事実を知ってか、知らずにか……ともかく、だからこそこの日本は、〝攻め〟ではなく〝守り〟に徹した。
『《ヒューマネスト》による特殊災害を、最小限に抑えられる環境を維持し続けることが、人類存亡の最善の方法だ』という結論を出したんだ。〈御門大江戸〉が、まさにその象徴さ。
……まあ、その政策も、色々と物議を醸したがな」
そう語り終えた瞬間、雨津星さんの顔つきが、苦虫を噛み潰したような表情に変わる。
その顔つきから、明らかに触れてはいけない領域の話なのだと、察せられる。
……この人は、俺とは違ったベクトルで、重く凄惨な過去を生きてきたんだな。
何だか、雨津星さんとの心の距離が、また少し、近付いていった気がした。
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<次回予告>
「雨津星さんが特例として、手術を受けずに入国させてくれるらしい」
「ある程度の臨床試験を終え、十分な効果も期待できる代物ではあるんだが、実用化に向けて開発を進めるには、まだ実験データが足りないというのが現状だ」
「何はともあれ、この抑制剤とやらを飲まない限り、俺の未来への道は、途切れたままだ」
次回――Episode 29 :【誓いの盃】




