Episode 27 :【〝異形の怪物〟と〈御門大江戸〉】
「――ところで、どうして機械化手術とやらをする必要があるんですか?」
今更すぎるほど素朴な疑問をぶつけてしまったが、雨津星さんは嫌な顔一つせず、相変わらずの笑顔で答えてくれた。
「ああ、それはな、《E.A.E》対策のために必要なんだ! すごくザックリ言えば、予防接種みたいな感じだな!
ただし、『ワクチンで〝適応する身体〟にする』というより、『《《最初から罹患しない身体》》に変える』……という感じかな!』
……あまりピンとは来ないが、それでもなんとなく、そこまでしなくてはいけない理由が、見えてきた気がする。
「……その、《E.A.E》というのは?」
「《E・A・E》――正式名称は、《|異能進化促進特殊因子《エヴォリューショナル・アドバンスド・エレメント》》〈Evolutional-Advanced-Element〉。
これは、《ヒューマネスト》の肉体や特殊能力の源になっている、特殊な因子……らしい!
ぶっちゃけた話、俺もある程度しか把握していないが、それでも構わないかな?」
「……まあ、頑張って理解します」
雨津星さんが説明してくれた《E.A.E》――《異能進化促進特殊因子》の概要。
それを要約すると、以下の通りになる――。
――《E.A.E》とは、《2050DD》の惨劇の時に、世界中を覆い尽くした、あの〝破滅の閃光〟そのもの。
それは、観測史上初となる、未知のエネルギー体が結集したものであり、現在では〝光の粒子〟として空気中に残留している。
つまり、酸素や二酸化炭素などと同様に、全世界の大気中に、今もなお存在しているという。
その光の粒子に含まれたエネルギーは、雨津星さんの言葉を借りれば、「特殊な病原菌みたいなもの」に例えられる。
その《E.A.E》に、俺を含めたほとんどの人間は、すでに〝適合〟しているのだという。
逆に、適合できなかった人間は、どうなるのか?
体内に取り込まれた《E.A.E》が異常に活性化し、急激に代謝能力を促進。
その変化に肉体が耐えられず、細胞が死滅し――やがて、完全に消滅してしまう。
……それが、現時点で世界政府が把握している、《E.A.E》の性質らしい。
しかしながら、まだ判明していない事実、不明な点も多数ある。
たとえば、なぜ俺と母さんは適合できて、父さんは適合できなかったのか。
……その適合・不適合を分ける、明確な要因や共通点は、未だに解明されていないという。
さらに深刻なのは、《E.A.E》が何らかの原因で、暴走状態になるケース。
その暴走によって〝肉体の急激な成長〟という異常進化が引き起こされ、人間としての姿を失った存在――。
それこそが、《ヒューマネスト》と定義される、怪物達の正体なのだという。
もちろん、この事実は、一般市民には一切知らされていない。
というより、《《絶対に公開してはならない機密事項》》として、国家レベルで封印されているらしい。
それもそのはずだ。
今でも世界情勢は、混乱の最中にある。
それなのに、もし「自分自身や家族さえも、ある日突然、バケモノになるかもしれない」などという真実が知られてしまえば……。
この世界は、本当に取り返しのつかない地獄になってしまう。
知らない方が幸せな真実、というやつだ。
……やはり、音葉だけが、例外だったわけじゃない。
俺が倒した巨大蜂も、5年前に家を壊した巨大蜘蛛も、誰かが《ヒューマネスト》に変貌した成れの果てだった……ということになる。
「……その反応を見るに、君は……この事実を、すでに知っていたようだな」
「……ここに来る前、知り合った女の子が……俺の目の前で、《ヒューマネスト》に変わりました」
「……そうか。それは……とても、辛い経験だったね。
しかし、君は今、こうして生きている。
酷なことを聞いてしまうが……君は、その女の子を……」
「……はい。殺しました。この手で、確かに。
子供達を守るためとはいえ、彼女を殺してしまったことは……正直、今でも後悔が絶えません」
……結局、俺はあの子達に、音葉の遺品の一つも、遺してあげることはできなかった。
亡骸も残らず、悍ましい怪物として、その最期を遂げた――。
その事実に、心が痛まない……といえば、嘘になる。
「……ですが、その正体が人間であろうと、俺にとって《ヒューマネスト》という存在が、〝人類を脅かすバケモノ〟であり、それ故に〝倒すべき存在〟であるという考えは、変わりません。
……残酷だとは思います。
でも、そう思い込まなければ、きっと俺は、戦えなくなる。
〝世界を変える英雄〟として歩み出したからには……為すべきことを為すために、俺は……非情であり続けなければ、いけないのだから……」
「……そうか」
俺の言葉に、雨津星さんは、ただただ黙って、受け止めてくれた。
俺にとっては、それだけで充分だった。
「〝話す〟は、〝離す〟」。
心の奥に抱えていた重い感情を口にすることで、少しだけ、心と身体が軽くなったような気がしたから。
――要するに、《E・A・E》というのは、〝空気に溶けた未知の病原菌〟のようなものだ。
俺達はもう、それを体内に取り込んだ状態で、生きている。
正確には、適応できた者だけが生き残り、適応できなかった人間は、あの日――〝破滅の閃光〟と共に、消滅した。
あの出来事は、いわば〝淘汰〟とも言えるものだったのだ。
誰かに選ばれたわけでも、選ぼうとしたわけでもない。
それはまるで、感情も意思も持たない自然現象のように――ただ、人類を篩にかけた。
残されたものと、そうでない者に――。
----------
<次回予告>
「夏神君。君は今、海の向こう側の国々で、何が起こっているか……知っているか?」
「俺を含めた〝トガビト〟は、その日その日を生きることに精一杯で……海の向こう側の事情なんて、考える余裕などありませんでしたが……」
「この話は、一度世間に知られてしまえば、さらなる大混乱は免れないだろう……」
次回――Episode 28 :【灰色の死の大地】




