Episode 26 :【心を見透かす、龍の瞳】
「…………俺が……恐れている、だと……?」
呼吸と共に、思考が止まる。
普段は気にも留めない《HERO》が、なぜだかとてつもなく重く感じる。
……馬鹿な。そんなことは、有り得ない。
俺は世界を変えるために、《HERO》を使い熟すために、粉骨砕身の努力を重ねてきた。
斎賀先生という力添えこそあったけど、ここまで来れたのは、俺自身の意思の力だ。
そんな俺が、何を恐れているというんだ……?
「人間の最大の攻撃表現とは、〝拒絶〟だ。
その行動原理の根幹にあるのは、〝受け入れることへの恐怖〟だと、俺は思う。
ホラー映画なんかで、真っ先に死ぬような人間が、いい例だな。
心が怯えているから、人の話も聞けないし、状況を正しく判断することができない」
雨津星は、こんな状況下にもかかわらず、悠々と煎茶を啜っている。
しかし、その群青色の瞳は、変わらず俺を鋭く見据えている。
「……君は、何も知ろうとせず、受け入れようとしないまま、強い憎しみと敵対心だけで動いている。
俺から見れば、何かを必死に拒絶したくて――自暴自棄になっているとしか思えない」
「っ……!!」
右手が震えだす。
それは怒りか、動揺か。
ともかく、照準は定まらず、手に力が入らない。
「自暴自棄……?
受け入れることを、恐れているだと……?」
次の瞬間には、怒鳴り声が、口を突いて出た。
「ふざけるな!! アンタに、俺の心が、分かってたまるか!!
あの《DD》の惨劇で、俺の両親は死んだ!!
父さんは、なんの心構えもないまま、突然消えて……!! 母さんは、何も悪くないのに、最期の最期まで、俺に謝りながら、死んでいったんだ!!」
唇を噛み、拳を強く握るが、それでも感情の波は抑えられなかった。
気付けば、目から涙が零れ落ちていく。
どれだけ必死に堪えようと、溢れて止まらない。
「そんな……そんな残酷な現実を拒むことが、〝自暴自棄〟だって言うのか!?
ふざけるなっ……そんなこと、俺は絶対に許さない……!!」
――これではまるで、駄々をこねる幼子じゃないか。
分かっている。頭ではそう分かっていても、どうしても心がついて来ない。
「……そういえば、君がなぜ〈御門大江戸〉に入国したいのか……その理由を、まだ聞いていなかったな」
煎茶を飲み干した雨津星が、ふと話題を変えるように、静かにそう言った。
その声色は優しく、けれど決して同情ではない、真っ直ぐな〝関心〟だった。
「せっかく、お茶も淹れたんだ。俺で良ければ、話してほしい」
雨津星は終始動揺せず、穏やかな口調・精神のまま、静かに問いかけてくる。
そんな彼の態度に、俺は思った。
――この人には、勝てない。
それは、力量の強さの話じゃない。
〝人を受け止める力〟で、俺はこの人に、完膚なきまでに敗れたのだ。
だからこそ俺は、大人しく《HERO》を、まだ震える手でホルスターに戻す。
そして、その重さから解放された俺は、ぽつぽつと、少しずつ、言葉を紡ぎ始めた。
この場所に至るまでに起きたこと。
言葉では語りつくせないほどの、喪失、怒り、決意……その全てを。
雨津星は、一言一句を聞き逃さないように、真剣に俺を見つめていた。
途中で遮ることも、水を差すこともしない。
ただ、静かに頷きながら、俺の言葉を受け止め続けてくれた。
――なぜ、俺はこの人に、こんなにも素直に、心を打ち明けることができるのだろう。
自分でも、理由はよく分からない。
けれど、ハッキリと言えることが、一つある。
それは、「俺は今、久しぶりに心の内を開いた」ということ――。
斎賀先生にさえ、俺は本音をぶつけたことはなかった。
〝世界を変える英雄〟になるために、俺を鍛え上げてくれる存在――そんな先生に対して、弱音を吐くことはしたくなかったのだ。
だからこそ、『初対面だろうと、雨津星に――いや、《《雨津星さん》》に対して、こんなにも心の内を曝け出せた』という体験は――言葉にできないほどの、〝救い〟だった。
《――「ねぇ、夏くん。
〝話す〟ってことはね? 〝離す〟ってことと、同じなんだよ。
悲しいことや、苦しいことがあった時、それを誰かに話すことで、その悲しみや苦しみが、自然と心から離れていくの。
だから夏くんも、嫌なことや辛いことがあった時には……我慢なんかしないで、ママやパパにちゃんと話してほしい。
それが、夏くんにとっても、ママやパパにとっても、一番幸せになれる方法だから。ね?」》
子供の頃、俺は余計な心配を掛けまいとして、いつも強がってばかりいた。
そんな俺に、母さんが教えてくれた言葉を思い出した。
そして今になって――その言葉の意味が、ようやく分かった気がする。
「――そうか……まだ若いのに、辛かっただろう。
よく頑張ったな。話してくれてありがとう」
全てを話し終えた時、雨津星さんは、優しい笑みを浮かべて、そう言った。
その一言が、胸にじんわりと染み渡る。
「〝世界を変える〟――大きな夢かもしれないが、亡くなられた両親を想い、夢に突き進む。そんな君の気高い精神に、俺は心から敬意を表したい。
俺で良ければ、君の手助けをさせてほしい。それこそが、大人の役割というものだからな」
笑顔で、真っ直ぐに、そう言ってくれた雨津星さん。
その言葉に、心の奥が、ふわりと温かくなった。
……ああ、この人と出会えて、良かった。今なら、素直にそう思える。
「……ありがとうございます、雨津星さん。
そして……先程までの非礼、申し訳ありませんでした」
「いやいや、そんな頭を下げることはないさ。君の本心を聞けたこと、俺は嬉しく思っているよ。
だから今回は――これでチャラってことにしよう!」
そう言って差し出された、大きく ごつごつとした機械の手。
それはまるで、彼の人間としての懐の深さそのものを表しているようだった。
「……はい。ありがとうございます」
「うん! 少々グダついたりもしたが、これで俺達の信頼関係は成立だな!
……あーっと、すまない。ところで、君の名前は?」
「……今更ですね。
俺は、蓮元夏神。
世界を浄化する、地獄で咲いた一輪の花……それが、俺という人間です」
「……? 最後のはよく意味が分からないが――よろしくな! 夏神君!」
……無邪気というべきか、天然というべきか。
そんな調子の雨津星さんと、俺はしっかりと握手を交わした。
……胸の奥に、込み上げるような恥ずかしさを感じながらも。
-----------
<次回予告>
「――ところで、どうして機械化手術とやらをする必要があるんですか?」
「ぶっちゃけた話、俺もある程度しか把握していないが、それでも構わないかな?」
≪――それこそが、《ヒューマネスト》と定義される怪物たちの正体なのだという。≫
次回――Episode 27 :【〝異形の怪物〟と〈御門大江戸〉】




