Episode 25 :【交渉決裂……?】
――雨津星の説明を一通り聞いた時、俺の脳裏に浮かんだのは、一つの言葉だった。
それは――好機。
世界を変えるということは、自分一人の努力だけで、全てが通用するような話じゃない。
だからこそ、利用できるものは、全て利用する必要がある。
そういう意味では、「政府直属という、確かな権力のある組織へ入る」というのは、もはや理想的とも言える状況だ。
「さて、どうだろうか?
俺としては、イチゴ大福を箱ごと献上してでも、君を迎え入れたいのだがな!」
「……イチゴ大福はともかく、話としては悪くない」
盃の代わりに、湯飲みを手に取り、ぬるまった煎茶を一気に飲み干す。
「いいだろう。アンタの言う〈A.E.G.I.S〉とやらに、入ってやる」
そして机に静かに置くと同時に、力強くそう言い放ってみせた。
「おおっ、そうか! いやあ、素晴らしい返事だ!
今日は俺にとって、素晴らしい日になりそうだ!」
大袈裟なまでに喜ぶ雨津星。
30代の男が無邪気に笑う姿は、なんとも強烈な光景だ。
「そうと決まれば、善は急げだ!
早速、機械化手術の手配を――」
――今、なんて言った?
〝機械化手術〟、という不穏な単語が聞こえたが……。
「おい、機械化手術ってなんだ?」
「言葉通り、君の肉体の一部を機械化させる手術のことだ!
手術費用はこちらで持つから、安心してくれ!」
……なんということだ。どうやら、空耳でも冗談でもなさそうだ。
雨津星の、真っ直ぐすぎる群青色の瞳が、それを物語っていた。
「……ちょっと待て。なんでそんな手術が必要なんだ。
俺は、組織に入ると言っただけだぞ」
「おや、知らなかったのか?
『〝ノーマル〟――〈御門大江戸〉に住む一般市民は、環境適応のため、肉体を機械化しなければならない』。
これは立派な法律だぞ! 現に俺も……ほら、この通り」
雨津星は、スーツの裾を捲った後、その両腕をズンッと突き出す。
鈍く光るメタリックな両腕からは、微かにキュルキュルと歯車の回転音が聞こえてくる。
ごつごつと肥大した指先も、機械であることを隠し切れていない。
……なるほど。先程腕を掴んだ時に感じた、冷たく硬い感触の理由は、そういうことか。
「……そんな制度ができていたのか。
俺と母さんが追放されてから、そんなことが――」
〈アフターエリア〉を取り巻く情報と言えば、《ヒューマネスト》に関するものが、ほとんどだった。
だから、《《向こう側》》の内情を把握できていなかったが故に起きた衝撃だ。
「だとしても……俺は、自分の身体を改造するつもりなんてない。
機械ごときに、鍛え上げた肉体の代替ができるとは、到底思えないからな」
「いや、しかしこれは――」
「それにこの身体は、母さんがお腹を痛めてまで産んでくれた、唯一の形見だ。
お前らの勝手な都合で……メスを入れていいものじゃない」
……叫びたくなるほどの怒り。
俺は、心の中の衝動を、何とか堪えていた。
冗談じゃない。これ以上、この世界に、俺の大切なものを奪われてたまるか。
この身体だけは――母さんが遺してくれた、たった一つの繋がりだけは。誰にも断ち切らせやしない。
だからこそ俺は、強い決意を込めて、そう言い放つ。
これには、あれだけ調子のよかった雨津星も反論できず、黙り込んでしまう。
「……君の言い分も気持ちも、よく分かる。
確かに君の身体は、君のお母様から貰った、大切なものだ。
俺だって、できることなら、君のその意志を尊重したい。
だが、これは大事なことなんだ! 詳しく話を――」
――ガチャッ……。
雨津星の言葉を遮るように、ホルスターから取り出した《HERO》を、奴の額に突きつける。
『聞くつもりなど毛頭ない』、その意思表示だ。
「何か勘違いしているようだが、俺はお前達の組織に、《《入ってやる側》》の人間だ。
多少の交換条件を提示する権利ぐらい、あるだろう」
静かな声で強く放ち、睨みつけながら、言葉を続ける。
「了承さえすれば、非礼を詫びて、大人しく仲間になる。
だが、できない場合は……少々、手荒な真似をせざるを得ないな」
俺の脅迫の前に、身動き一つも取れない雨津星。
そのご尊顔を、俺は鋭い眼光で睨んでいた。
しかし――。
「…………」
「っ……!?」
――一瞬の内に、雨津星の表情が、冷徹なものへと変わる。
先程までの人畜無害さが嘘みたいに、底知れぬ冷気が伝わってくる。
「君は初対面の人間に、拳銃を突きつけるのか? ずいぶんと、乱暴な振る舞いだな」
「……だ、だったら、なんだ? そんな挑発で、俺が動じるとでも――」
次の瞬間、雨津星が言い放った言葉。
それは、俺の思考を止め、心に大きな衝撃を与えるには、充分すぎるものだった……。
「君はいったい――《《何を恐れているんだ?》》」
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<次回予告>
「…………俺が……恐れている、だと……?」
「ふざけるな!! アンタに、俺の心が、分かってたまるか!!」
「せっかく、お茶も淹れたんだ。俺で良ければ、話してほしい」
次回――Episode 26 :【心を見透かす、龍の瞳】




